構成構造主義とふんばろう東日本
構成構造主義は、早稲田大学の西條剛央准教授によって体系化されたメタ理論であり、人間科学においてありがちな「信念対立」を乗り越えて、建設的なコラボレーションを促進するための思想体系です。
この構成構造主義が有名になったのは、東日本大震災後に西條氏が立ち上げたボランティア組織、「ふんばろう東日本プロジェクト」においてです。
「ふんばろう東日本」は、行政や赤十字社など既存の団体では行き渡らない地域や内容をSNSやクラウドファンディングなどの既存のシステムを有効活用しつつ、多くの復興プロジェクトをなしとげました。
このプロジェクトの成功の裏に、構成構造主義の活用があったとされています。
東日本大震災では、被災地域の深刻さ、そしてその広さが「想定外」であったため、特に初期段階おいて既存のやり方の多くが機能しませんでした。
何しろ、沿岸地域では、役所など復興機能の中心を担う建物自体が流されてしまい、それどころか、町長以下行政の要の人たちがみな亡くなってしまった地域もありました。
震災直後から、支援物資は現地に送られ、またボランティア希望者もたくさん名乗り出ましたが、現地受け入れ体制がとれず、また物資も、被災地の倉庫までは届けられても、数十万人に及ぶ膨大な被災者の手元に届けることが難しい状態となりました。
そうした中、柔軟な方法で災害に対応したのが「ふんばろう東日本」であり、そのバックグラウンドに「構成構造主義」のメタ思考がありました。
「ふんばろう東日本」の立ち上げや初期の活動については、糸井重里氏の「ほぼ日日刊イトイ新聞(ほぼ日)」で詳しく紹介されています。
そのやり方はある意味非常にシンプルで、ボランティアスタッフが、現地を訪れて(または電話で聞いて)足りないものをリストアップし、それをSNSやウェブサイトにUPする。支援したい人はそれを見て、宅配便で現地へ送るというもの。
ふんばろうがスタートした4月上旬は、震災から1ヶ月が過ぎ、ヤマト運輸や佐川急便などの宅配便網がかなり復旧していたので、この必要なものを必要な地域へ送る、というやり方がとても機能しました。
「ふんばろう」の成功のポイントは、既存の支援システムが目詰まりを起こしている中で、従来のやり方にとらわれず、「目的達成(被災者の支援)にはどのような方法が必要なのか」から出発し「現状はどうなっているか」を実際に現地で確認して、行動に移したことにあります。
構成構造主義では、この場合「目的」と「状況」の2つだけをポイントにして、考えます。既存の方法では、すでに決められている方法論からスタートしますが、この方法論からスタートするのは、容易な反面、今回のような「想定外」の状況ではうまく機能しない欠点があるわけです。
構成構造主義では、この場合の「既存の方法」を「信念」と呼んでいます。
つまり、「災害があった場合、こういうふうに対応すべき」という信念があり、この信念に沿って人は動きがちである。状況が変化すると、その「信念」では対応できない事が起こるが、人はその「信念」のフィルターから物事を見がちで、その結果、様々なことがうまくいかなくなるというものです。
例えば、政治システムがいい例で、政治の目的は、「国民全員を幸せにすること」ですが、その方法論として、自由主義とか社会主義とか様々な方法があります。本来「自由主義」も「社会主義」も、単なる統治の方法論なわけですが、「主義」という言葉からもわかるように、これは信念となって、どちらの信念が正しいのかという争い(主義)まで起こり、時には戦争という方法で、国民の命をも犠牲にするという、本来の「政治の目的」から逸脱することさえ引き起こります。
構成構造主義は、この方法論によって作られたシステムを「構造」と呼びますが、構造よりも現実の状況である「現象」に着目して、目的を果たす方法を、信念にとらわれずに構築していくことが重要であると説きます。
構成構造主義とシステム思考の類似点
この構造像構成主義とシステム思考、出自は異なりますが、類似点がとても多いです。
というより同じ目的のため、違う視点から体系化されたのが構成構造主義とシステム思考といえるのかもしれません。
ここでは、信念とメンタルモデル。そして方法論と経路依存について述べようと思います。
信念とメンタルモデル
構成構造主義における「信念」は、システム思考でいう「メンタルモデル」に相当すると考えられます。メンタルモデルは、その人の過去の経験や考え方で、現実を見るフィルターの役割を果たしているのですが、ここでいう信念もほぼ同じことを言っていると考えて差し支えないと思います。
どちらも人あるいは人の集団には必ずあるものですが、時として信念やメンタルモデルの相違で意見の相違が生じたり、時にはぶつかり合ったりします。そして震災のような経験則が通じない出来事や、社会の急激な変化が起こると、それにうまく対応できない、という現象が起こります。
方法論と経路依存
方法というのは、目的を果たす手段ですが、一つの方法が確立されると、人はそれに固執するようになります。
これはシステム思考でいう経路依存性で説明ができます。地面に降った他よりも低いところに集まるようになると、ひとつの流れができ、そうするとその流れが地面を削り、ますます他所よりも低くなって雨水が集まりやすくなる。そうして集まった水の流れがますます地面を削って…。といったん一つの流れができると、それが大河にまで広がるのが経路依存性です。自己強化型のフィードバック(自己強化ループ)が働くために起こる現象で、生物、あるいは事業が成長する理論根拠でもあります。
考え方や方法論というのもひとつの経路依存です。
だれかがある方法をやってみてうまくいくと、それを見て他の人も試してみる。そうやって世の中に広まったのが、方法論であり、マニュアルです。
しかしながら、前提条件が変わってしまうと、方その法論は通用しなくなることが多いのですが、一旦ひとつの方法論が確立されてしまうと、それを変えるのは容易ではなくなります。社会が変わっても、制度は相変わらず残ってしまうようなことです。
構造とシステム
システム思考でいう「構造」はメンタルモデルを含んだ、現在の状況の後ろにあるもの(いわゆる環境やバックグラウンド)を指しますので、構成構造主義の「構造」とほぼおなじ意味と言ってもよいと思います。
構成構造主義では、その構造に固執せず、現象(各人が感じている内容)のほうをより重視するとされています。
一方システム思考では、現在の構造を明らかにした上で、その構造を変えるためのレバレッジポイントを見つけるという手法をとります。
上記の「ふんばろう東日本」のケースで説明しましょう。
震災直後、物資の援助がうまく行かなかった状況は、そのメンタルモデルをループ図で説明ができます。
通常ですと、上手のように、災害による「物資の不足」が生じると、その情報が全国に拡散され、支援物資が集まり、「物資の不足」は解消されます。
被災地の人や行政、ボランティアを含む全国の人は、上記のようになると信じ行動しました。
しかし実際には、「未曾有(想定外)の災害」であったためこの方法は、まったくとは言えないまでも、かなり通用しませんでした。
実際には、下図のような構造になっていたのです。
支援物資の量が、想定を遥かに超える量であったため、行政の担当者は、押し寄せる膨大な
物資の荷さばきや保管、管理といった作業に追われます。そうすると、実際に援助物資を配るという作業に当てられる人員が不足してしまうという現象がおこり、実際の被災者になかなか行き渡らないということが起きます。これは自己強化ループですので、支援物資が集まれば集まるほど、被災者に物資が配られないという事態になったのです。
この事態にたいし、行政や赤十字には、全国から批判の声が寄せられましたが、実際には、担当者も一生懸命頑張っていたのです!
しかし頑張れば頑張るほど事態が悪化するというのが現実でした。
「ふんばろう」の解決策は、この自己強化ループを止めるため、別のバランスループを築いた作業であったといえます。
それが、行政のルートではなく、既存の宅配便システムの活用という手法でした。
このように書くと簡単に見えますが、既存の方法にこだわると、すぐそこにもっと良いやり方があってもなかなか気づかない。これが「信念の問題」であり、「経路依存の問題」です。
この「ふんばろう東日本」の教訓は、ビジネスやあるいは個人の夢や目標の達成にもおおいに応用できるケースであると思います。