観察力が生死を分けるとき

深夜11時。残業を終え、終電近い電車で帰ったあなたはいつものように駅前のコンビニに寄りました。店内にはあなたと同じような世代のお客らしき人が数名。しかし足を踏み入れた瞬間、あなたは何か違和感に囚われました。かと言って別に特段いつもと違った風景が広がっていたわけではありません。
そのまま中に入っても良かったのですが、どうしても買わなければいけないものがあったわけでもないので、そのまま家に帰りました。

翌朝のTVニュースで昨晩コンビニ強盗があり、たまたま居合わせたお客が負傷したということを知りました。
あなたはそこで、昨夜の違和感が、コンビニの中のお客の一人が、深く帽子を被って顔を隠しながら、棚の商品には目もくれずお店全体を探るように観ていたことだったと気が付きます。あなたがお店を出た直後にその男は犯行に及んだのでした。

話は変わって、ユナイテッド航空173便のコックピット。時は1978年12月28日午後のオレゴン州ポートランド空港の上空。航空機が着陸態勢に入ったとき、ランディングギアが異常音を発しました。そして車輪がロックされると点灯するランプがついていない事に気が付きます。目視で観ると車輪は降りているようですが、機体の真下までは確認できないため確信はもてません。

機長は空港と連絡を取りながら様々な解決手法をためすため、複雑なボタンや計測器をチェックしながら空港上空を旋回し続けました。しかし車輪が降りている確信がとれないでいました。そして航空機は燃料が無くなり墜落しました。(計器の故障で車輪はちゃんと降りていました。)

機長は車輪に関するチェックに追われて、それとは無関係の燃料計を見ていなかったのです。


   
上記の事例は「失敗の科学」(マシュー・サイド著)から引用しましたが、コンビニで命を救ったのも、航空機墜落で生命や財産(航空機は住宅地に不時着し何軒かの家をなぎ倒しました)が失われたのもちょっとした「観察力」の有無でした。

11月に新刊「問題解決のための名画読解」を出版したエイミー・ハーマンは、美術史家で弁護士。FBIやCIA、スコットランドヤードやニューヨーク市警、NATOそして病院や民間企業の指導者向けに、美術作品によって観察力・分析力を高めるためのセミナー「The Art of Perception(知覚の技法)」を行っています。

彼女のクライアントはどれも「観察力」の有無によって、組織ばかりか、国民全体の生命や財産を守れるかどうかなのがわかりますよね。
   
   

ビジネスに必要な観察力をアートで鍛える

これはビジネスに関しても同様です。
「観察力を磨く名画読解」の冒頭に書かれた事例ですが、ケニアから米国の大学に留学したデレック・カヨンゴは、ホテルに連泊した際、洗面所の石鹸が新しいものに取り替えられていることに気が付きました。

そしてフロントに問い合せしたところ、ホテルの石鹸は毎日取り替えられ、少しだけ使われた石鹸は毎回破棄されることを知ります。

カヨンゴの故郷のケニアでは当時石鹸が不足し、多くの人が感染症になり亡くなる人も少なくありませんでした。
一方米国では大量の石鹸がほんの少し使われただけで捨てられています。

カヨンゴは、ホテルの使用済みの石鹸を集めて、殺菌洗浄した後、アフリカなどに送る「グローバル・ソープ・プロジェクト」を立ち上げました。
今まで100トンを超える石鹸が、衛生教育とともに32カ国に送られました。

おそらくほとんどの人がホテルで石鹸を使ったことがあると思います。(最近はビジネスホテルでは液体石鹸が主流ですが、高級ホテルでは今でも個体石鹸が使われていますよね。)
でもそのことを気に留め、観察した人はほとんどいないのではないでしょうか?
  
   
「観察力」を鍛えるのにもっとも最適なのが「アートを観ること」とハーマンは主張します。

例えば人間の行動を研究する際、どこか町中で人間観察をすることもできます。しかしその人はすぐ立ち去り視界から消えます。自分が観察し考えたり推測したことが正しかったかわからずじまいです。

その点アートには答えがあって、描かれているのが誰(または何)で、いつの時代の、どこで起きたことなのかわかっています。言い方を変えると、アートとは「途方もない量の経験と情報の蓄積」といえ、私たちの観察力・分析力・コミュニケーション力を鍛えるのに必要な全てを備えているのです。

また(美術以外の)教育に関して、アート鑑賞が効果的なのも、「対話型鑑賞法」を開発したニューヨーク近代図書館の元教育部長のフィリップ・ヤノウィンやアビゲイル・ハウゼンが明らかにしていますが、ハーマンも著書でニューヨーク下町の高校生の数学の成績に効果があったことを述べています。

他の教科もそうですが、「問題を解く」とは、問題文に書いてある出題者の「意図」を明らかにすることであり、これは絵を観て制作者の意図を考えるのと同じであり、また細かい観察力を鍛えることで、ミスを無くすことができるのはすぐおわかりかと思います。
   
   

イノベーションのための対話型鑑賞法

私たちが目の前の事象をちっとも観ていないのは、さまざまな実験からも明らかですが、私が好んで使う例が、ダ・ヴィンチの「モナリザ」です。

おそらくほとんどの人が印刷されたものやレプリカを何十回と観たことがあるかと思いますが、次の質問に答えられる人はほとんどいません。

「モナリザの絵で橋はどこにかかっていますか?」
「描かれている道は真っ直ぐですか?曲がっていますか?(そもそも道なんてありましたか?)」
「川はどのように描かれていますか?」

観察力を鍛える対話型鑑賞法も様々な手法がありますが、私たちもビジネスのための観察力に注力した「ビジネスイノベーションのための対話型鑑賞法」を開発し、昨年(2022年)の日本創造学会研究大会で発表いたしました。


   
   
このセミナーは、日本能率協会のセミナー等で誰でも受けることができます。

ビジネスの種は、コンピュータネットワークの奥深くでも、お偉いさんが集う経済ナントカ団体の会議室にあるのでもなくて、私たちのまわりにあって、それを私たちが(カヨンゴのように)気づくことができるか、観察することができるかではないでしょうか?


日本能率協会主催「生成AIを活用したアート思考入門セミナー」