キーエンスという会社が注目されるわけ

最近世間の注目を集める企業にキーエンスがあります。

キーエンスは1987年創業の、FA(ファクトリーオートメーション)向けの検出・計測制御機器を製造販売している会社です。 

売上は8000億円ほどですが、この会社の凄いところは時価総額(つまり株式市場の評価)がNTTやトヨタ、ソニーに次ぐ4位という企業なのです。
また売上総利益率(粗利)が80%以上とか社員の平均年収が2000万円を超えるなど、とにかく「儲かっている会社」として知られています。

キーエンスやそのビジネスモデルを紹介した書籍として「キーエンス解剖 最強企業のメカニズム(西岡杏:日経BP)」や「付加価値のつくりかた – 一番大切なのに誰も教えてくれなかった仕事の本質-(田尻望:かんき出版)」などいくつか出版されています。前者は日経ビジネス記者の取材に基づいたもの、後者はキーエンス元社員による本です。

また「キーエンス 高付加価値経営の論理 顧客利益最大化のイノベーション(延岡健太郎:日経BP 日本経済新聞出版)」は大学教授による10年以上にわたってキーエンスを研究した経営本になります

それぞれ違った視点から分析されていてどれも有益な本ですが、ここでは延岡健太郎大阪大学教授の書籍に基づいて述べてみたいと思います。

延岡教授は「アート思考のものづくり」(日経BP)などの本があり、特に製造業とアート思考について長年研究されています。

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なぜキーエンスはアート思考モデルなのか?

キーエンスでよく取り上げられるのが、顧客に寄り添った商品作り・商品提案です。
顧客が自分でも気が付かないような課題を見つけ出し、その解決方法を提示する。そのための仕組みが社内に張り巡らされています。

だから、これは「デザイン思考」モデルなのでは?と思う方も多いのではないでしょうか?

もしキーエンスが受注生産モデルで、顧客ごとにカスタマイズして製品提供をしている会社なら、たしかにデザイン思考モデルと言って良いでしょう。
実際受注生産で顧客ごとに異なった製品やソフトウェアを造っている会社も多いですね。

一方で、市場調査やマーケティングをもとに大量生産型で製品やサービスを製造している企業もあります。例えば日用品など私達の身の回りのものを製造しているところは、そういうタイプの企業が多いと思います。

キーエンスはそのどちらにも入りません。キーエンスの様々な製品は「市場調査」やマーケットからのデータをもとに作られるのではなく、上述したようにそれぞれの顧客の要望や課題からつくられます。
しかし、その顧客の要望をそのまま製品やサービスに入れたりはしません。

なぜなら特定の顧客のためにカスタマイズした製品やサービスを使うのはもちろんその顧客だけなので、販売数を伸ばすことができません。また顧客ごとに要望を入れてカスタマイズする為の、設計や製造を行うリソースも膨大に必要になります。

キーエンスが行っているのは、多くの顧客から情報を集める中で、多くの顧客がもつ課題を洗い出して、より高い付加価値を提供できる部分を製品化しています。そしてその製品をどのように使うのか、その使い方や組み合わせ方を営業担当者が顧客に提案を行っているのです。

このやり方を「マス・カスタマイゼーション」といいます。

マス・カスタマイゼーションで代表的な製品はAppleのiPhoneですね。Aさんが持っているiPhoneと、Bさんが持っているiPhoneは側は同じでも中身は全く違うものになっていますよね。

ただし「マス・カスタマイゼーション」は、顧客の要望を個別に対応しながらも大量生産を実現するという、相反する考え方を一つにしなければいけないので、単純にやってしまうと、たくさんの人の要望の最大公約数的な凡庸な製品やサービスになったり、あれもこれも機能を付けた、無駄に高スペックな(そして使いづらい)製品やサービスになりかねません。
(iPhone登場前の日本の各会社の携帯電話がそんな感じでした。)

延岡教授によれば、それを解決する手段が「アート思考」にあると言います。

顧客のニーズや要望を製品やサービスに反映することによって、使いやすさや機能性など使用価値向上を目指すデザイン思考的なアプローチよりも、自分たちが理想として構想した付加価値向上の哲学や問題解決のアプローチ方法を表現するのがアート思考です。

したがってキーエンスの営業の現場でも、顧客ニーズや困りごとを聞き出そうというよりも、まずは、顧客が実現したい究極的な目的を明確にします。
何が欲しいのか(ニーズ)ではなく、何がやりたいか(目的)なのです。

このようなアート思考的アプローチにより、顧客の期待以上の成果を達成する革新的なソリューションを提供できます。

繰り返しになりますが、デザイン思考では、製品やサービスの優れた機能や意匠(デザイン)や使いやすさなどで、顧客の抱える問題を解決し、ストレスを感じることなく満足する製品を目指します。これは数字や仕様で表すことはできない価値なので、プロトタイプを早期に作成して、顧客の使用価値に関する満足度合いを評価しながら、製品やサービスの開発を進めます。

一方アート思考の領域は、顧客の満足にとどまらず、想定を超えた感動をもたらします。そのため顧客の要望や困りごとを調査してもそれをそのまま製品やサービスに反映はさせないのです。
    

出典「キーエンス 高付加価値経営の論理 顧客利益最大化のイノベーション(延岡健太郎:日経BP 日本経済新聞出版)」

    
   

アート思考がキーエンスの高付加価値経営をもたらした

アート思考に関する説明は、デザイン思考以上に難しく、特に「言葉に(言語化)できない」ところがより広いと思います。
だからこそキーエンスはFA関連製品という、それ自体はライバルや強豪も多く、それでいて他に追随を許さない独自性を持ちながらも、ニッチに陥らず、広く受け入れられる製品づくりができています。

言葉を変えると、言語化が難しいからこそ、競合他社に真似しづらいビジネスモデルを構築できているとも言えます。

これはキーエンスがここでしか作れない高度な技術や特許を持ってるわけでは無いのにもかかわらず、売上総利益80%(つまりそれだけ高額製品)を達成してることや、時価総額が日本で4位という成果を上げている秘訣ではないかと思います。

様々な企業や組織がアート思考を習得して、キーエンスのような独自経営を行える会社が多くなれば、きっと日本経済全体が活性化し、私たちの豊かさや幸福度アップにも貢献できるのではないでしょうか?


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