ビジネスイノベーションに活用「SFプロトタイピング」

事業開発や研究開発などで「SFプロトタイピング」や「SF思考」の活用に注目が集まっています。
3月25日の日本経済新聞では、「日立、SFが導く研究開発」「小説から新技術を議論」との記事が掲載されました。
 

日本経済新聞3月25日

 

「ビジネスにSFを活用する動きが広がり始めた。日立製作所は研究や事業開発に本格導入。ソニーは未来の試作品を開発した。
幅広い産業で創造的破壊が起き、既存技術を積み上げる従来型の研究開発では、10年以上先の予測は難しい。
小説で描く未来像から必要な技術や法制度を逆算して経営の道標にする。」(日本経済新聞3月25日)

 
このSFプロトタイピングという手法は、米インテル社のフューチャリスト(未来研究員)のブライアン・デイビッド・ジョンソンが2011年の著書「インテルの製品開発を支えるSFプロトタイピング」で紹介したことを契機に広がりました。
 
ソニーでは今年はじめ2050年をテーマにした製品やサービスの試作品を展示するイベントを開き、コニカミノルタもSFプロトタイピング導入支援のアノンと提携して、「一定規模の新規事業の構想から立ち上げまでの実行、イノベーション創出の仕組みの構築や社内風土の醸成に寄与できる」ことを図っています。

また、三菱総合研究所もSFプロトタイピングのワークショップを開催し、企業などから多くの引き合いがあるそうです。
藤本敦也氏の著書「SF思考」によれば、このワークショップは下図のように5つのステップから成り立っていて、さらに前半の発散フェーズと後半の収束フェーズに分けられます。

出典:SF思考―ビジネスと自分の未来を考えるスキル 藤本敦也

 

ジュール・ベルヌの宇宙旅行や海底探査、アイザック・アシモフのロボットなど、現代の最先端技術を一番先に世に知らしめたのは「SF作品」です。
また、ウィリアム・ギブスンの「サイバースペース」や、ニール・スティーブンスの「メタバース」など、SF作家が造った言葉が現実にも広がった事例もたくさんあります。

このようなSFを生み出す力をビジネスの場にも活用したい。これがコロナ禍や戦争など今まで想定できなかった世界が出現する現在、現在の延長線上で予測できない未来を描く必要が出てきたのが、ビジネス界でSFに注目が集まる理由だと思います。 
   

SF思考とアート思考・スペキュラティブ・デザイン

SFプロトタイピングやSF思考というと、いかにも新しいイノベーション手法や思考法のように聞こえます。
しかし、古くから人類はこの思考法を使って、未来を切り開いてきました。

下図は、弊社の「アート思考ワークョップ」でいつも紹介している、MITメディアラボのNeri Oxmanが提唱する「Krebs Cycle for Creativity」です。
  
 

Krebs Cycle for Creativity

 
 
ここでは「人類の空を飛ぶ夢」が旅客機として実現したモデルを描いていますが、「イカルスの翼」などのアート作品は間違いなく当時のSF作品だったわけですし、今ならドラえもんのタケコプターが「ドローン」として一部実現しているとも言えます。

またスペキュラティブ・デザイン(探索するデザイン)で生まれたPPPP図は、SFプロトタイピングでも活用されています。

関連記事:スペキュラティブ・デザインとアート思考、デザイン思考

上記記事でも紹介した、スペキュラティブ・デザインの代表作のひとつである長谷川愛さんの「女性がイルカを出産する《I Wanna Deliver a Dolphin…》」は、ジェンダー論に一石を投じる作品ですが、これをSF作品と捉えることも当然可能でしょう。 
 

PPPP図

 
 
実際、SFプロトタイピングのワークショップは、使う題材などメニューの違いはありますが、プロセスの考え方などは、弊社でも行っているアート思考ワークショップの「想いの共創と具現化のワークショップ」と共通するところが多いです。。

違いを言うと、アート思考ワークショップではPPPP図の「起こりそう(Probable)な未来」、あるいは「望ましい(Preferable)未来」を軸に考えるのに対し、SFプロトタイピングでは、「起こってもおかしくない(Plausible)未来」、「起こりうる(Possible)未来」に比重をおいているというところでしょうか。

弊社のワークショップは、もともとはÉcole Supérieure de Commerce de Paris(ESCP)のSylvain Bureau准教授がアジャイルのスクラム開発のやり方を元に開発したアート思考ワークショップのやり方をベースに、複雑系理論、創発理論を組み込んでビジネスイノベーションを念頭にプログラム化したものです。

そのため通常は、自分たちの仕事の範囲内、ビジネスを前提としたイノベーションのためのワークショップとなることが多いです。

しかし以前、あるクライアントで「今の仕事を前提としない」アート思考ワークショップを行ったことがありました。

面白いことに、そうすると自然と「Probable」「Preferable」ではなく「Plausible」「Possible」な未来が描かれ、まさにSF作品のようなプロトタイプが次々と生まれました。

SFプロトタイピングにおいても、単に未来を想像してその実現性を予想しようとか、技術に活かそうというだけでなく、将来の自分、あるいは未来の人々とどれだけ想いを共感するか、その共感した未来をもとに現在を考えて、自身の道標にしていくのが大事であると考えます。
 
 

弊社開発の「アート思考:想いの共創と具現化のワークショップ」のプロセス

 

ワークショップの様子

  

SFプロトタイピングワークショップのやり方

「想いの共創と具現化のワークショップ」SFプロトタイピングVersionのやり方として次のような感じで進めていきます。

なお、通常のアート思考ワークショップのやり方いついては、関係記事をご参照ください。
関係記事 ビジネス開発のためのアート思考ワークショップ手法

1.貢献「未来が実現しそれに貢献した姿を想像して、インタビューという形で提示し合う」 
グループの中で2人づつペアになり「未来のありたい世界」「なりたい姿」をインタビューし合います。
ここでは「願望」という形ではなく、未来が「既に実現しているもの」として、その発明者、実現に貢献した人を演じてインタビューを行います。

2.逸脱「コンテクストAからアイデア等を盗み取り、コンセプトBに当てはめる」
皆のインタビューを統合して、グループで一つの形にします。かなり強引な形になりますが、ここでシュンペーターの言う「新結合」を実感します。

3.破壊「現状や実際の作品にチャレンジする。」
2のプロセスでまとめた作品や事業アイデアなどを、もう一度バラバラにする、破壊する。
具体的には、もう一度、それぞれがやりたいことを各自でもう一度設計しなおします。一度できたグループを破壊するというプロセスです。
複雑系理論では、創発は「カオスの縁」からしか生まれません。あえて「カオスに近い状態」を創る。これがこの3つめの破壊のプロセスです。

4.漂流「作品の方向がわからずともプロジェクトを進め、新たなパートナーを見つける」
3の状態である「カオスの縁」から新たな創発が生まれる。その過程を模したのがこの「漂流」です。
各自が持つ作品や事業アイデアを基に、グループを組み立てなおす再構築のワークです。

5.対話「自分たちの作品について学び理解し、変えるために話し合う」
グループ内で相談しながら、事業アイデアを創るプロセスです。ここではストーリー仕立て。SF小説を書く要領で、シナリオを練ります。

6.出展「レセプションにて、観客に向けて作品を展示する」
プロトタイプをスキャットの形などで発表します。他のグループの人はそれを見て、評価したりフィードバックを行ったりします。
 
 
このワークでのファシリテーターの役割は、通常のワークショップと同じく、メンバーに対し手順や手法を指示し、グループの議論が活発になるよう気を配ったりすることですが、SFプロトタイピングでは、最初に「世界観」を示したり、SF小説やSF映画などのネタやガジェットを示してあげるのも大事な役割です。

したがって、できればSFにもある程度詳しい、少なくともSFが好きな人がファシリテーターを務めるのが、楽しく効果が上がるワークショップになると思います。

SF小説著者としての想い

ちなみに、私自分のことを言うと、SF好きであるのは勿論なのですが、好きが講じてSF小説を書いて発表もしています。

シュレーディンガーの宇宙 Kindle版 島 青志
 
この作品はタイトルの通り、量子力学の多世界解釈を題材としていますが、これは他の時空の情報を知ることができたり、他の時空の人間がこちらにきてしまったらという世界を描いています。

これだけを聞くと、よくある「パラレルワールドもの」ですが、これを書いた想いとして、「『分岐する未来』は単に与えられるだけではなく、自分自身の意思や想いが反映されるべき」というのがありました。

未来を単なる「運」や「運命」とするのではなく、どういう人生を選ぶのかそれが自分の意志である。今にして思えば、この一言をを言いたいがために、Sf小説を書いたと言っても間違っていないと思います。

想いを形にする。これはSFも他のアート作品も変わらないのだろうと思います。

そして、これは社会やビジネスも同じではないでしょうか。

日経新聞の記事も次のように結ばれています。

「海底二万里」や「月世界旅行」などの作者でSFの父とも呼ばれるフランスのジュール・ベルヌ氏は「人間が想像できることは、人間が必ず実現できる」という言葉を残した。

ロケットや人工衛星などのアイデアもSFから来たとされる。

技術革新の道しるべは人間の想像力と、それを実現しようとする意思の力なのかもしれない。

 
 
(SFプロトタイピングのワークも行います。(予定))
日本能率協会主催「アート思考入門セミナー」