願望実現といえば、誰もが思い浮かぶのは、ナポレオン・ヒルでしょう。
彼の代表的な著書「思想は現実化する」(きこ書房)によれば、以下のような経歴となっています。
1908年、駆け出しの雑誌記者時代にアンドリュー・カーネギーと出会う。カーネギーの要請で万人が活用できる成功の秘訣の体系化に着手。カーネギーの尽力もあり、著名な500名以上各界成功者が共同作業に携わる。20年後の1928年、初期プログラム完成。そして実践の場での有効性を調査し、52年後の1960年に、遂にPMAプログラムを完成。この間、ウッドロー・ウィウソン大統領の広報担当補佐官、フランクリン・ルーズベルト大統領の顧問官を務める。また公園かとしても活躍。大富豪の一人としても、その名を残している。ナポレオン・ヒル財団設立後、1970年87歳で没。
日本で紹介されている彼の経歴ではほとんど触れられていませんが、彼の「思考は現実化する」という主張は、キリスト教ニューソート派の教えと全く同じです。
20世紀はじめのアメリカ人、特に多くの起業家はニューソートの布教家のラルフ・ウォルドー・トラインらの影響を受けたされています。トラインの「幸せはあなたの心で」は1897年に出版され、世界で400万部以上売れたベストセラーとなりました。ヘンリーフォードは、晩年に「自分の成功はトラインの本による」と語っています。
このトラインの本の影響で、「ザ・マスターキー」や「人間時期(引き寄せ)の法則」などの本もこの時代多く出版されています。
ナポレオン・ヒル自身といえば、木材会社、自動車教習学校、キャンディーストアなど様々な事業を起こしましたが、トラブルを起こしたりなどして、どれもうまくいきませんでした。
1928年に、「成功の法則」という本を書きこれが売れたことで、お金持ちになり、ロールスロイスを複数台所有しましたが、その直後の大恐慌で、すべてを失いました。
1937年「思考は現実化する」を発売し、この本は公称7000万部売上げる大成功を収めたといいます。
本の記述によれば、1908年の秋に当時25歳のナポレオン・ヒルは、73歳のアンドリューカーネギーに会い、雑誌記者として3日3晩インタビューをしたといいます。そしてカーネギーはナポレオン・ヒルにある依頼します。
それは『もし私がこの「新しい哲学」を一つのプログラムにする仕事を君に頼んだら、君はどうするかね。もちろん、協力者や君がインタビューすべき人たちには、紹介の手紙を書いてあげよう。とりあえず500名だ。この成功プログラムの編纂には20年間の調査が必要だが、その間、君はこの仕事をやる気があるかね? イエスかノーで答えたまえ』
そしてさらに、この依頼には金銭的な援助は一切ないタダ働きであることを加えます。
イエスと答えたヒルに、カーネギーはストップウォッチを見ながら言います。
『君が答えを出すまでに29秒かかった。私は1分を超えたら君を見込みのないただの人間としてあきらめるつもりだった』
実際それまで260人の人に同じ話を持ちかけますが、全員失格だったと言ったそうです。
随分と芝居かかった仕事の依頼です。73歳の老人が(2年ならともかく)20年かかる仕事の依頼をするというのも理解に苦しむ所ではあります。実際彼はこのあと10年を待たずして亡くなっています。
この20年というのは、ちょうど彼が20年後の1928年に最初の出版である「成功の法則」を書いたことを指しているかと思いますが、そこまでかかった「プログラム」をカーネギーの後継者なり、財団なりに収めたという話はまったくないのも不思議ですね。
自分の目の前の青年が、20年後に出版で大儲けをすることを見込んで、カーネギーは「タダ働き」をさせたのでしょうか?
彼がその20年間何をしていたかは、この本には何も書かれていません。
本で紹介されている経歴では学者、研究者というイメージを持ちますが、上記のように実際はいろいろな事業に手を出す「起業家」だったようです。
おそらく彼自身のコメントをもとにしたと推測しますが、ちゃっかりというか、したたかな人という印象を持ちます。
1953年の講演では、その1年前に、後に「成功プログラム」を共同で作ることになる実業家のW・クレメント・ストーンと出会うまで、「一文無しに近く、後押ししてくれる人さえもいませんでした」と語っていることから、実際に自分自身をビジネスで成功させることは、あまり得意ではなかったのかもしれません。
彼自身は「ニューソート」の信者ではなく、あくまでニューソートの教えをビジネスに活かした形で紹介していますが、逆に世の中の特にビジネスマンに受け入れやすくなりました。
唯一の宗教らしい記述は、「死」に関する記述で、「原罪」は払拭すべき不安であり、「人生とはエネルギーである。エネルギーも物質も消滅しないものだとしたら、生命もまた、他のエネルギーと同様、不滅である。他のエネルギーに変化するだけなのだ。死とは単なる変化にすぎない」という部分でニューソート教義に沿った記述をしています。