書店の「自己啓発書」コーナーに行くと、「引き寄せの法則」とか「望めば、そのことは現実化する」というようなタイトルの本がずらっと並んでいます。
また、「ビジネスセミナー」「自己啓発セミナー」などで、成功するためにはまず「心の持ちようが必要」と主張し、「成功する自分」をイメージさせるセミナーやワークショップも相変わらず盛んです。

これらはみな、「良いことを考えていれば、良いことが起きる」「成功している自分を心に描ければ、それに世界が引き寄せられる」という、いわゆる「引き寄せの法則」に基づいた教えです。

『成功するために必要なのは、成功している自分をイメージングできているかどうかで決まる。もしまだ成功していないとすれば、それはネガティブな考えが心に紛れ込んでいたり、イメージングがうまくできていないせいだ』

そのために数十万円から数百万円のセミナーや教材が売られているとか。

しかし、「引き寄せの法則」や「願望実現」等の本や教材を売ったり、セミナーを行っている人、そしてそれらに接している人の中で、この「引き寄せの法則」「願望実現法」は、イエス(キリスト)の神性を否定して異端となったキリスト教派(ニューソート派)の教えであることを知っている人はどれくらいいるのでしょうか?

おそらく多くの「自己啓発書」ライターが参照しているナポレオン・ヒル、ジョセフ・マーフィーロンダ・バーンなどもこのニューソートの教えを「丸写し」もしくは都合よく拡大解釈しているのです。

それらをまた孫引きしているのが、今本屋さんにあふれている「自己啓発本」というわけです。

もちろんどのような宗教の教えであれリスペクトされるべきであって、その内容を外部の者がけなしたり否定したりするのが、本稿の意図ではありません。
読んでいる方の中で、ニューソート派クリスチャンの方がいらっしゃって気分が悪くなったとしたら謝ります。

しかしながら、その宗派のクリスチャンでもない方が、その孫引きの本を読んだだけで、あたかも悟ったかのように本を書く、あるいは高いお金を取ってセミナーだのワークショップを行うことに強い違和感を覚えるのです。

私はどのような宗教も「心の問題」であると思っています。

心を整え、心が平和になること、これが宗教であり、だからこそ、信仰の自由は最大限尊重されなければならない。

しかし、宗教を信じることが、競争社会を勝ち抜くとか富を独占するといった「人間が作ったシステムの中で他人より有利になる」ことに直接効果がある、というふうには考えません。

いや、そう思うこと自体はそれぞれの自由なんですが、そもそも「引き寄せの法則」はニューソートの(いってみれば)パクリである。ということすら知らない人が、「この世界の真実を知っている」などとは到底思えません。

そもそもなぜキリスト教の異端宗派の教えが、こんなに広がっているのでしょうか?

これには、19世紀~20世紀前半の米国の事情に大きな原因があります。
産業革命で多くの労働者が搾取され、不満が高まった時に、この「ニューソートの教え」が、支配する側にもされる側にも、都合よいものだったのです。
「願っていれば夢はかなう。もしかなわなければ、それはやり方が悪いのだ」
ニューソートの考えは、労働者にも夢を与え、支配者は不満を言わさずに労働意欲を引き出すのに役立ちました。

余談ですがいまだにそのやりかたを活用しているのが、アムウェイなどのネットワークビジネスです。
私も友人から誘われて、何度かディストリビューターの集会に行きました。
そこで語られているのは、ビジネスの内容ややり方はほとんどなくて、「成功者」たちの優雅な生活の話ばかり。
そして、「強く願えば誰でも夢は実現できる」私を誘った友人たちもめをキラキラさせて熱く語っていたものです。
その後、その友人たちがお金持ちになって優雅に南の島で暮らしている。。。という話はその後聞いてませんが元気でしょうか?

閑話休題。

ニューソートは、布教手段として本を大量に出版するという戦略をとりました。
1897年に刊行されたニューソートの布教家ラルフ・ウォルドー・トラインの「幸福はあなたの心に」は全米で150万部以上売れて、さらに20か国で翻訳されました。この影響を受けて20世紀初めに出版されたのが、「ザ・マスターキー」「人間磁気(引き寄せ)の法則」そして今だ読まれているデール・カーネギー「人を動かす」、ナポレオン・ヒルの「思考は現実化する」などです。

トラインの本は日本でも影響を及ぼして谷口雅春が「生長の家」を創設するきっかけにもなりました。出口はニューソートを光明思想と訳しています。

そのほかにもニューソート派の牧師ジョセフ・マーフィーは「眠りながら成功する」をヒットさせると、シリーズ化して、全くと言っていいほど同じ内容の本を数十冊も出版し続けました。

私たちが、この「引き寄せの法則」や「願望実現」を信じるにせよ、信じないにせよ、これらの背景を知らずに「自分に都合いいから信じてみよう」では、自己啓発屋さんのいいカモになってしまいます。