ビジネスの勝ちパターンが変わった

私もお世話になっています入山章栄早稲田大学院ビジネススクール准教授は、先日の日経新聞の記事の中で、「ビジネスの勝ちパターンが以前と大きく変わった可能性がある」と述べました。今の経営学が教えることは、「持続的な競争優位」を構築することが経営にとって最も大切なことであるというもの。マイケル・ポーターらが唱える競争戦略も、いかに独自の仕組みを構築することで、「競争しないで独占を保つか」という戦略です。価格や独自の技術や流通組織、ブランディングも要するに「競争しない」戦略が競争戦略の要なのです。ひところ話題となった「ブルー・オーシャン戦略」もその一つですね。血で血を争うレッドオーシャンを避けて、利益を独占できる戦略を探す、あるいは構築するのが「ブルー・オーシャン戦略」です。
しかし、最近のようにイノベーションが頻繁に起きる経営環境では、そういった戦略は通用しなくなるというのです。
「イノベーションそのものが企業の戦略と同義になったといえる」というのが入山氏の主張です。イノベーションのない企業は明日がない、という時代が到来しているのかもしれません。

時価総額BIG4はみなイノベーション経営&システム思考経営

現在、世界の企業を時価総額順に並べると、アップル、アルファベット(Google)、マイクロソフト、アマゾンの順になります。日本のTOPであるトヨタ自動車はアマゾンの半分ほどでしかありません。
BIG4に共通することは、一般にはIT企業と呼ばれていることですが、もちろんその内容は異なります。主な事業内容は、アップルはPCやスマートフォンの製造販売、アルファベットの殆どの収益源であるGoogleはインターネット広告業、マイクロソフトはソフトウェアの製造販売、そしてアマゾンはIT活用の流通業です。
そしてこれらのどの企業も「イノベーション経営」であることに異存のある人はいないと思います。もうひとつ共通することは、どれも「システム思考経営」であることです。

実際アマゾン、マイクロソフトはシステム思考の、因果ループ図や正のフィードバックループ(自己強化ループ)を経営に活用していることは知られていますし(下図はアマゾン創業者ジェフ・ベソスが創業前、ファミレスのナプキンに書きつけた因果ループ図)、当サイトで分析しているように、(ジョブズ復帰後の)アップル、Googleにおいてもシステム思考が活用されています。

アマゾン戦略1

結論を早まったことを言えば、イノベーション経営=システム思考経営であり、入山准教授がこれからの経営戦略で必須の手法がここにあるということになります。

イノベーションは『技術革新』ではない

ここで「イノベーション」について整理したいと思います。
イノベーションという言葉は普及していますが、ではイノベーションとは何か、というと、正確に伝わっていない、間違って使われることも多いのが現状だからです。

多い間違いが、イノベーションを「技術革新」と訳してしまうこと。たしかにイノベーションは技術革新を伴うことが多いのですが、両者はイコールではありません。新しい技術を開発したからと行って、それが即イノベーションにつながるわけではありません。また技術革新を伴わないイノベーションも当然ありえます。

日本のイノベーション経営学の第一人者の玉田俊平太関西大学教授は、イノベーションを「創新普及」と訳されています。
「新しい仕組みを創り普及させる」これがイノベーションです。
「新しい仕組み」は、もちろん技術の場合もあれば、流通形態や販売方法などの「売る仕組み」等の場合もあります。個人店舗ばかりだった時代に、ダイエーが「スーパーマーケット」という仕組みを創ったのは、技術革新とは違いますが、イノベーションといってよいとおもいますし、セブンイレブンが、小さな酒屋を改装して、フランチャイズの仕組みを初めたのもイノベーションでしょう。
そして新しい仕組みを創っただけは勿論だめで、これを普及させる、世の中に普及するというプロセスがないと、イノベーションとは呼ぶことができません。
創新=新しい仕組みを創る
普及=世の中に広く行き渡る
この2つのプロセスが「イノベーション」です。

システム思考を活用したイノベーション経営を説明する

ドラッガーは企業活動の目的を「顧客の創造」と定義しましたが、企業経営という観点からイノベーションをみると、「新たな顧客を生むもの」です。(=創新普及)
この場合2つの考え方があります。
1つは、既存顧客に新しい製品や仕組みを売る。例えばアマゾンはもともと書籍を売るサイトでしたが、そのシステムに乗せて顧客相手に家電やファッションなど、新たな商品も売るようになりました。また構築したサーバーの空きを活用して、クラウドサービスも始めるという具合です。
また、今のシステムや仕組みをもとに、新たな顧客の開拓を図るケースもあります。
富士フィルムは、世界有数のフィルムメーカーでしたが、デジタルカメラの普及であっというまに市場喪失の危機を迎えました。彼らが選択した道は、フィルムを作る技術を応用し、液晶フィルムや化学製品や医療・化粧品という全く異なった顧客を獲得し危機を乗り越えました。(世界最大のフィルムメーカー、コダックは倒産しました)

企業を川に例えてみましょう。最初は小さな流れでも、その水の流れが周りの土を削っていきます。そうやって川が大きく深くなってくると、ますます周りの雨水が集まってきます。集まる水の量が増えれば増えるほど、ますます川は大きくなるでしょう。これが「普及」です。このときシステム思考(因果ループ図)では、正のフィードバックループが働いていることがわかります。

経路依存性

しかし、このプロセスは永遠には続きません。集まる雨水は、上流の土砂も一緒に運んできます。やがて下流に土砂が溜まって、流れが悪くなります。
そうすると、この自己強化ループは逆回転しだしますので、長い年月のうちにいずれ川は干上がってしまいます。
もちろん、人手を組んで川底をさらったり、堤防を作るなど、企業活動で言えば「改善活動」を行いますが、自然の動きにいずれは行き詰まるでしょう。

経路依存2

そこで顧客の創造という目的は変わらず、つまり大海に水を注ぎ入れるという目的は変わりませんが、同じ海に向かって、川に土砂が貯まって流れが悪くなったときに、もう一本支流を作って同じ海に注ぐようにするのが、新たな仕組みや製品の構築であり、川の流れを変え、新しい海に注ぐ、例えば江戸時代、利根川河口を東京湾(江戸湾)から太平洋に進路を変えて、水の利用と洪水対策の両立に成功したようなのが、富士フィルムの例でしょう。

どちらの方策にせよ、創新普及つまり新たな川の流れを作って、それを大きくする。ということには変わりません。
経路依存性の箇所で説明したように、正のフィードバックを働かせる。つまりは「自己強化ループ」をつくるプロセスが欠かせないのです。

システム思考を知ればイノベーション経営ができる

言うまでもないことですが、何でもかんでも新たな仕組みをつくればイノベーションにつながるわけではありません。そこには(既存にせよ新規にせよ)顧客の課題解決につながるものでなくては、どんな仕組みも製品も普及する(売れる)ことはありません。
課題解決手段を見つける因果ループ図を始めとするシステム思考のメソッドが、ここでも役立つことができます。

また、イノベーションが難しいのは、経路依存性を一度断ち切らなければいけないところです。一度組織ができると、それを変えることが難しいのは、官僚制を持ち出すまでもないことです。(官僚制の悪弊ともいうべき事なかれ主義も前例踏襲も「経路依存性」の言葉変換にすぎません)
しかしシステム思考を理解していいれば、これは経路依存性という名の「自己強化ループ」にすぎないのであり、ではどうやって自己強化ループを抑えるか、というようにシステム思考の手段を取ることによって、解決商法を考えたり提示することができるようになります。