今こそシステム思考を個人の夢の実現に使うときではないか。
システム思考は生物学者のフォン・ベルタランフィやノーバート・ウィーナーなど多くの研究を祖としますが、直接の系譜は、マサチューセッツ工科大学(MIT)のジェイ・フォレスター教授の「システム・ダイナミクス」となると思います。
ジェイ・フォレスターはダイナミックメモリの開発者としてアラン・チューリングなどとともにコンピュータ史の1ページにも名前が刻まれる人物ですが、チューリングがあの「エニグマ暗号解読計画」で、第二次大戦中軍事目的でコンピュータを開発したのと同様に、フォレスターも戦争中は国防総省に協力して、高射砲の自動追尾装置を開発していました。(真珠湾にも赴任しています)
自動追尾装置とは高速で飛来する敵の爆撃機に、自分の位置を絶えず修正しながら飛び、目標(爆撃機)に自信を到達させる。もともとの理論は、生物のフィードバックシステム(自己修正システム)を基にした、ノーバート・ウィーナーの「サイバネティクス」理論です。
戦後の米ソ冷戦時代には、ソ連のミサイルや長距離爆撃機に対応した北米防空システム(SAGE)の開発責任者となりました。
インダストリアル・ダイナミクス
そして1956年にSAGEのプロジェクトを後任に任せ、フォレスターはMITのスローン経営大学院に移りました。ここで彼は、今まで培ってきたフィードバックシステムを、軍事か
フォレスターの手法が注目を集めたのが、GEのコンサルティングにあたったとき。
それまでGEは数年のサイクルで、製品受注の波がありました。GEの幹部はそれを景気変動(外部要因)のためと捉えていましたが、フォレスターのチームが、フィードバックシステムの手法で分析したところ、販売と在庫そして生産能力投資のつながりに問題があることがわかりました。
つまり景気変動などの外部要因ではなく、内部要因・GE内部の問題であったのです。
このGEの問題のエッセンスをシステム原型にしたのが、「成長と投資不足」です。
アーバン・ダイナミクス
フォレスターのシステム・ダイナミクス理論は、経営問題のみならず、地域問題、都市問題にも対象を広げました。
そして当時行われていた都市の問題解決手段として知られていた多くのモデルが、問題をより悪化させることを示しました。
例えば、ある地域に低所得者向け住宅を集中して建てる政策は、貧困地域を固定化させて都市の活性化を失わせるが、低所得者向け住宅を都市全体に分散して建設したほうが、新しい仕事が生まれ、全体の生活水準も上がることがモデルで確かめられています。
これは現在日本で行われている「特区政策」にも示唆を与えるものですね。
アーバン・ダイナミクス以降、都市問題を動的に考える発想が拡がり、その成果のひとつがニューヨークの重大犯罪を劇的に減少させた「割れ窓理論」です。
ワールド・ダイナミクス
システム・ダイナミクスは地球全体の課題解決にも使われるようになりました。この最大の成果が、1972年のローマクラブが提言した「成長の限界」です。そのモデルを構築したのがフォレスターのチームが構築したシステムダイナミクスモデルである「World3」でした。
World3は、これまでのペースで人口増加と経済発展を続けていくと、早晩地球は危機的状況を迎えると警告しました。
このローマクラブの提言は翌年起きた石油ショックや大気汚染などの公害問題などで、世界中から注目を集めました。
World3モデルを最もシンプルな形で因果ループ図にしたのが、システム原型の「成長の限界」です。
この「成長の限界」でブレーキをかけたのが、資源枯渇や公害でした。
80年代以降、新たな油田開発やシェールオイルなどの発掘、そして原子力発電ななどの代替エネルギー開発で、環境技術の発展で、資源問題・公害問題から人類は開放されたと一時は考えられましたが、システム原型の「応急処置の失敗」「問題の転嫁」などが表すように、温暖化問題が新たに人類の脅威として立ちはだかるようになりました。
パーソナル・ダイナミクスへ
企業から都市・地域問題、そして地球全体の問題へとシステム・ダイナミクスは課題解決のフィールドを広げてきました。
しかし今最も必要なのは「『個人としての幸せ』を構築するためのシステム」の探求ではないかと思います。
そもそも組織は、個人が生きやすくなる、みんなが幸せになるために発生したものの筈。それが「組織のために」というスローガンが、一部の為政者のためのものになったり、組織(例えば国家)のために個人が犠牲になったりという不幸な歴史が繰り返されてきました。
個人と企業と言う組織の間柄でも、違法残業の問題、過剰サービスの問題。学校におけるいじめ問題。社会というシステムに合わないものはときに犯罪者となって、システムから隔離される。それを当然あるいは少なくとも「仕方がない」と思う私たち。
学校教育では、この社会というシステムにいかに迎合するかを教えます。
チームワーク、協調性。先生や先輩の言うことに従う。教えられたことをシッカリ覚え。それをそのまま(答案用紙に)アウトプットできるものが優秀な人材とされる。
そういう人材がいい会社に就職する。あるいは出世でき、それが人生の勝ち組であり、幸せになることだと教えられてきました。
しかし、実際の社会を見渡せば解るように、この複雑すぎる社会システムの限界が明らかになっています。しかし教育現場でそれに対応することが、まったくできていません。
それが個人の閉塞感につながり、社会全体としても活力が低下しています。
そのことがマクロ指標としての、経済力の低下、少子化の原因となっていると考えられます。
こんな時に解決手段を導き出せるのは、システム思考、システム・ダイナミクス理論だけといっても過言ではないかもしれません。
ジェイ・フォレスターが晩年力を注いだのは、システム思考の教育をそれまでの大学だけではなく幼稚園から高校まで広げることでした。
現在全米では、数百の学校(幼稚園からハイスクール)でシステム思考が教えられています。
私たち一人ひとりが、この複雑なシステムのなかで、主体的に、自分の夢をつかんだり、目標を達成する。
「パーソナル・ダイナミクス」が広まることが、そのための有効な手段であると考えています。