時価総額世界一になったエヌディビア(NVIDIA)

今年(2024年)6月18日、米半導体大手エヌビディアの時価総額が、が3兆3400億ドル(約527兆円)となり、米マイクロソフト(MS)を抜いて、世界一となりました。

2024年年初から同社の株価は2倍になりました。もっというと、8年前からは100倍以上です。
ご存じの方も多いと思いますが、同社の躍進は、ここ1~2年の「生成AIブーム」に乗ってのものです。「生成AIサーバー」に必要不可欠なGPU(Graphics Processing Unit)をほぼ独占的に製造している企業として、株式市場から熱い目を注がれています。

エヌディビアは、半導体製造会社のLSIロジックを退社した、台湾系アメリカ人のジェンスン・フアン氏により設立されました。
もともとは、ゲーミングPCに代表される、グラフィック表示に強いチップをつくるメーカーとして台頭しました。

PCの用途としては昔から「ゲーム」やCG(コンピュータ・グラフィックス)がありましたが、90年代までのMS-DOSはもちろんWindowsになっても画像関係に関しては、あまり性能は良くありませんでした。

これは、コンピュータが元々電子計算機と呼ばれていた出自に関係します。

PCのコアであるCPU(Central Processing Unit、中央処理装置)は逐次計算を行います。これはいくつかのタスク(例えばA,B,C)を同時に処理しなければ行けないことを、A→B→Cとそれぞれのタスクを高速で順番にこなしていきます。

現在のPCはマルチウィンドウですが、これもCPUが素早く切り替えを行うことで、対応しています。言ってみれば、聖徳太子が同時に七人の悩みを聞いて対処したという故事(?)に例えられるかもしれません。

ただゲームや3D画像のような画面ですと、いろいろな動きが同時多発的に起こるので、CPUのような逐次計算方式では、うまく対応ができません。そこで、グラフィックチップや、グラフィックアクセラレ-タといった、画像計算を並列処理して逐次計算方式のCPUを補助する外部装置が求められました。

以前は多くのメーカーがありましたが、より微細な高度な技術が必要になっていくにつれて、エヌディビアとAMDの2社に集約されていきます。

1999年8月、エヌディビアは「GeForce 256」を発表します。
これはCPUに依存することなく3Dを描画できる初めてのチップで、ここからGPUとしての歴史が始まります。

さらに2006年、GPUベースのプログラミングができる環境である「CUDA(クーダ)」をリリース。ソフトウェアにも進出しました。
(正確なたとえではありませんが、CUDAはPCで言えばグラフィックやAI開発システムにおけるWindowsのような位置づけです。いわばエヌディビア一社でCPUの世界のWintel(マイクロソフト-インテル連合)をカバーできるようになりました。)
 
 

エヌディビアを変えた一本のメール

このようにゲームPCの関連メーカーとして地位を確立したエヌディビアでしたが、2010年にファンCEO宛てにある社員から送られたメールが同社の運命を変えます。

それは「大学の最先端の研究では、ディープラーニング用のコンピュータにGPUが使われ始めている」というものでした。

ディープラーニングの仕組みである「ニューラルネットワーク」自体は、1960年代はじめのAI勃興期からある技術ですが、実用化には膨大なマシンパワーが必要なこともあって、あまり普及しませんでした。

私は2000年代の初めにあるAIベンチャーにいました。ライバルが米国企業のニューラルネットワークを使う会社でしたが、事前学習でとてつもない労力がかかることもあり、そのライバル会社は倒産しました。

そのボトルネックを解消する鍵が、実はGPUにある。このことに最初に気がついたのは、エヌディビア自身ではなく、大学の研究者たちだったのです。

しかしそこからのファンCEOの動きは素早いものでした。

メール自体には、なぜ大学でゲーム用途のGPUを使っているのか、その理由までは書いてありませんでした。

「後から考えるとこれは必然だとわかりました。
私たち人間の頭脳は世界一の並列コンピュータなんです。見て、聞いて、匂いを嗅いで、しかも異なる考えを頭の中で同時進行させることができる。
「メンタルイメージ」と言う言葉があわらしているように、思考というのはコンピュータグラフィックスと似ているところと考えることができます。

我々はそこで深く考えました。このディープラーニングという手法は、単に新しいアルゴリズムではない。全く新しいコンピュータへのアプローチなのだと。
興奮しましたよ。この事実に気づいたときは。そこから、全員でディープラーニングを追求する方向に動いたわけです。」
(引用:生成AI 真の勝者:島津 翔(日経BP) )
 

エヌディビアのエコシステム戦略

エヌディビアの今の躍進は、もともとグラフィック用に開発されたチップがAIにも最適なものだったという(言ってみれば)幸運があったわけですが、もちろんそれを逃さず経営資源を集中させたファンCEOの決断と実行力、そして同社の技術力が躍進の躍進を支えているのはよく知られています。

一方で、AI向けの半導体のシェア80%以上という「一人勝ち」になった背景で、同社の巧みなマーケティング戦略があることは、見過ごされがちです。

エヌディビアの営業戦略として、同社が「灯台型」と呼ぶ顧客の存在があります。例えばGoogleやメタなどいち早くディープラーニングに取り組んできた企業です。

これらの企業に対し、単に製品や技術を「売る」のではなく、これらの先端企業が持つ問題解決の方法まで提案するのです。具体的には、上記のCUDAやAIの開発アプリケーションです。
そうしてエヌディビアのパッケージを採用する会社が増えると、それを横展開する。灯台型の企業が「照らす」ことによって、市場が立ち上がっていきます。

従業員数千人規模でありながら、日本企業の時価総額トップ5に入る「キーエンス」のマーケティング戦略について「キーエンスの高付加価値の秘密はアート思考経営にあり」で紹介しましたが、このキーエンスも顧客の懐に深く入り込み、その顧客の問題を解決する製品を開発し続けています。

その製品がクライアント企業にとって「痒いところに手が届く」作りになっているので、顧客にとってのオンリーワン製品、自然と差別化につながり、価格競争力も高い。

エヌディビアも同じようなエコシステムを顧客企業と築くことで、高価(1基500万円以上)なGPUのパッケージ市場を「独占」することに成功しています。
 
      

エヌディビアのエコシステム戦略

またエヌディビアはそれに加えて、スタンフォード大学やMIT、東京大学など一流大学のAI研究室に対しても、AI開発環境の無償提供などの「AI研究支援」を行っています。
そして、これらの大学を卒業したエンジニアは上記の企業に入り、そのままエヌディビアの開発パッケージを使ってAI開発を行う。そのような循環が、他社の追随を許さない、AI開発におけるエヌディビアの企業価値づくりに役立っています。


日本能率協会主催「生成AIを活用したアート思考入門セミナー」