現在岩波ホールで公開中の「ニューヨーク公共図書館〜エクス・リブリス」観てきました。ドキュメンタリーの巨匠と言われるフレデリック・ワイズマン監督の41作目の映画。

ドキュメンタリー監督というと日本ではマイケル・ムーア監督が有名ですが、ムーア監督が自ら映像に出演し、取材を通して社会課題に切り込んでいくスタイルなのに対し、ワイズマン監督は勿論自ら出演することはなく、またドキュメンタリーによくある背景説明やナレーションもなく、音楽のような演出もなく、淡々と切り取られた光景が映し出されるのみ。
映し出される「社会の裂け目」から米国の社会課題が見えてくるといったスタイルが特徴です。

なぜ私がこの映画を観に行ったかというというと、実はこの図書館のエコシステムについて慶應大学院のシステムデザイン・マネジメント(SDM)研究科の授業でケース・スタディとして使われていたから。

ご存知のように、ネット社会となって、「本の役割、社会的意義」が揺らいでいます。Amazonのようなネット書店、電子書籍の普及で街の本屋はどんどんつぶれ、出版不況という言葉ももう何年も言われています。図書館も同様で、映画にもありましたが、「未来に図書館は必要ない」という意見すら聞かれます。

しかしそれに対し図書館スタッフは反論します。「彼らは図書館の進化を知らない」。

日本で図書館というと、100%税金で運営されている場所というイメージがあります。ニューヨーク公共図書館の場合、「公共」(Public)というのは「公立」という意味ではなく、独立法人で運営されています。予算のうち半分は市などの予算から成り立っていますが、これは厳しい財政事情の中削られがち。残りが民間からの寄付で賄っています。

映画では、図書館の幹部会議の様子が何度も映され、様々な課題について話し合われますが、やはり予算をいかに確保するか? どうすれば多くの人から寄付がもらえるか?というのは重要な議題となっています。

このテーマは、やはり財政が厳しい日本の公立図書館、独立行政法人となった国立大学、助成金が削られている私立大学などでも事情は同じだと思いますし、そういった機関でも、予算枠を増やしてもらおう、寄付をなるべく多くの人から、と個別な努力はされていると思います。

ニューヨーク公共図書館では、それに対し「システムとして」対応しようとしています。図書館を中心としたエコシステム、あるいはプラットフォームを構築する。このエコシステムがこの図書館を必要不可欠な「価値」を持つものにし、持続可能な存在にする。
そんな姿が、この映画から垣間見ることができます。

ここでは、ニューヨーク公共図書館が、どのようにしてそのエコシステムを創っているのか、ということに絞って紹介してみたいと思います。


  
  
映画をみてまずびっくりするのが、私たちが「図書館」というものに描くイメージとの乖離。

もちろんニューヨーク公共図書館の主な機能は、様々な書籍の保管、地域住民への貸し出しといったものです。観光名所としても名高いマンハッタンの本館のほか、映画でも紹介された「黒人文化研究図書館」をはじめとする4つの研究図書館、そしてマンハッタン、ブロンクス、スタテン島の各地域にある88の地域分館からこの図書館は成り立っています。

それらで行われているのは、「図書」に関することのみならず、著者、著名人の講演会、ボランティアによる子供たちへの放課後教室、高齢者向けダンス教室、(低所得者層向けの)インターネットの普及事業、そして就職説明会など多岐にわたります。

88の分間の中には、39丁目分館のような、きらびやかなものもあって、そこでは(おそらく寄付者向け)パーティが開かれていたり、かと思えばブロンクスのマンションの中の分室で、今なお社会に根強い黒人への偏見、差別の問題を口酸っぱく議論しているところもあります。

特に分館は低所得者層の多い地域にあって、そういう人たちに図書館は何ができるのかということを常に考え、また分館には強い権限が与えられているので、その地域に合ったいろいろな施策やイベントが開かれています。

つまり、ニューヨーク公共図書館は、ニューヨーク市内に張り巡らされた「地域課題解決のためのネットワーク」というミッションをもつ組織といってもよいのです。

いわば鍵は「地域課題の解決センター」としての図書館です。

自らの「位置づけ」、つまり市内に100近い本分館をもつ「構造(How)」、地域の様々な課題解決のネットワークという「機能(What)」、そしてそれらを結び付ける「移民者、低所得者、黒人、障がい者などへの格差を起因とする問題を解決する」というミッション(「意味(Why)」)。

この明確な位置づけが、エコシステムを形成するのに必要な第一歩です。

慶應SDMの授業では、システム思考の手法の一つである、顧客価値連鎖分析(Customer Value Chain Analysis)を使って、ニューヨーク公共図書館を取り巻くエコシステムについて分析が行われました。(詳しく学びたい方は、是非慶應SDMへ!)

ここでは、シンプルな因果ループ図でエコシステムを説明したいと思います。

この因果ループ図は、予算獲得ループと寄付獲得ループの2つを描いています。
図書館を「地域課題解決センター」と明確に位置付けることで、「課題の認識」が行われます。予算の獲得のための行動は、地元の政治家などへの陳情を通じて行われるわけですが、単に「予算が足りないから下さい」などといってもなかなか効果はでません。

しかし、「地域課題の解決」という解決手段の提示を具体的に行うことで、それはその地域の政治家と同じ利害関係を持つことになります。(図書館に協力することで、政治家自身も地元の課題解決に貢献しているとアピールができる。)
もうひとつのループは、寄付獲得ループです。
寄付総額は年間で1億ドルにも昇るそうですが、内訳としては、もちろん大口の寄付者もいますが、5ドルくらいの少額で支えている人もたくさんいます。

こういう人たちは、図書館のおかげで「生きていくのにものすごく助かった、命が繋がった」という人たち。つまりこの図書館のおかげで読み書きを身に着けることができた。英語で読み書きできるようになったから仕事が見つかった。だからいま生きている、今の自分がある、という人たちが、お返しをしている。

あるいは起業プログラム、ビジネスデータベースの利用(通常高額なデータベースも無料で使える。日本から旅費を換算しても安上がりと、わざわざ行くビジネスマンもいるほど)、著名な芸術家、著者、映画監督(ウッディアレンも常連)が資料収集として使い、そのお礼として高額寄付をする人も多い。

しかもそれが図書館だけでなく具体的なニューヨークの地域社会貢献にもつながる。そういう寄付者向けのイベント報告会などの場を創ることも大事な仕事です。

最近日本でもクラウドファンディングが定着しつつありますが、単に「恵まれない人たちに寄付をお願いします」といってもあまり興味を示さない人でも、具体的にどんなプロジェクトで、どんなことに自分のお金が使われて、どんな風に役立つのか、というしっかり相手の顔が見えることに対しては、(米国に比べ寄付文化の無い日本でも)自分のお金を役立てたい、そういう形で社会貢献したいという方は多いのではないでしょうか。

そういうエコシステムがこのニューヨーク公共図書館を支えていることを、このシンプルな因果ループ図は示しています。

映画「ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス」は、7月5日まで岩波ホールにて公開中で、そのあと全国の各所の映画館で順次公開されます。
エコシステム作りに興味がある方、NPO、コミュニティ、ソーシャルビジネスなどに携わっている方など多くの方にご覧いただきたいと思います。

日本能率協会主催「DX時代に求められる「3つの思考法」入門セミナー」開催