PDCAは、品質管理の専門家である、エドワーズ・デミングとワルター・シューハートによって提案されました。
ほとんどのビジネス・パースンはPDCAのことをご存知、少なくとも名前だけは聞いたことがありでしょう。

日本との関係がとても深く、戦後GHQ体制のもと、日本企業に品質管理の重要さについて教えたのが、このデミングでした。
逆に本国の米国では長らく無名に近く、注目を集めたのは、日本製品がその最高の品質で、世界を凌駕していた80年代になってからです。

日本が「Japan As No.1」と言われるほどの経済大国となった裏には、デミングの日本に対する功績と、このPDCAサイクルがあったことは間違いないといえるでしょう。
PDCAサイクル

PDCAは、計画(Plan)、実行(Do)、評価(Check)、見直し(Action)のサイクルをまわします。特に日本では、TQC(Total Quality )運動の一環として、現場での日々の改善活動で成果を上げました。
日本の現場力、そしてその現場力に裏打ちされた、製品やサービスのクオリティの高さで日本製品は世界一となり、日本が世界に名だたるモノづくり大国、経済大国になりました。

そして言うまでもなく、このPDCAは、フィードバック構造をしています。精密な弾丸やロケットが目標に届くまでにGPSなど様々なデータを元に常に修正するように、決められた目標に対して、個人やチームが正しく進めることができます。
また、学生の学業やビジネス・パースンの仕事において業務マニュアルを覚えるといった、学習のプロセスを薦めるのにもPDCAサイクルを回すことは役立ちますし、もっといえば必須の作業であるといえるでしょう。

経営にはあまり役立たないPDCA

1990年くらいまで、TQCやPDCAの手法を駆使して、高い現場力をもった人たちが出世して、その中でも優秀な人達が社長など経営陣となったのが、2000年代から現在にかけてです。その間日本経済、そして日本企業、特に海外の企業と闘うグローバル企業の多くは、かつての勢いをすっかり無くしています。
電機産業や半導体産業はサムスンなど韓国企業の後塵を排しています。自動車産業も、日産や三菱自動車など海外メーカーおよびその経営者の傘下に入りました。
つまり現場力であれほど力を発揮した、PDCAも経営という分野では、あまり役立っていないことがわかります。
PDCAは日常業務をきちんとこなすにはとても役立ちますが、経営のための意思決定と見直しの過程のためには役立ちません。

「決められたことをきちんとやる」のは現場社員には求められますが、経営に求められる本質ではないのです。たしかに日本がアメリカの後ろを追いかければ良かった80年代(インターネットビジネスにおいては最近まで通用しましたが・・)までは、道筋をきちんと正確に追いかける経営手法も通用しましたが、現在は道なき道を行くことを求められます。
その中で経営者は正しい道を、社員を率いて進まなければいけないのです。

PDCAは表層的なフィードバック

PDCAのフィードバックループを因果ループ図に変えてみればわかりますが、これはバランスループです。
PDCAループ

したがって、このループの性質上、保守的、上司や前例に従う政策には優れていますが、成長、革新は拒否されます。サラリーマン社長が1期2年、「大過なく平穏に勤め上げる」(本当にそう言った上場企業の社長がいたのです)にはいいでしょうが、今の経営で必要とされる、チャレンジ、インベーティブな革新にはPDCAに基づく経営は不向きです。

PDCAを少し変えて、「意思決定」を中心に作り変えてみます。
下図は、意思決定が現実に影響を与え、その結果をフィードバックし、またそのフィードバック結果について意思決定を行うというフィードバック構図です。

ダブルループ・フィードバック
現場社員と違い経営者は、誰か上のほうがつくったPlanにいちいち振り返って、意思決定するというプロセスは踏めません。
瞬時にPlanとDoを行うための意思決定を行うのが経営者の仕事。(実際に動くのは、社長ではなく部下です。任せず自ら動くリーダーに大きな仕事はできません)

情報フィードバックをもとに、どのように自分自身で意思決定するかというプロセスが、PDCAにはありません。そうなると前例に頼ったり、誰か他の人がおこなった意思決定をなぞるようになります。
組織行動論で著名なクリス・アージリスは、このようなプロセスでは、私たちのメンタルモデルにも、目標や価値観にも深化をもたらさない。つまり現実を変えることはできないと述べています。
イノベーティブな方策は勿論生まれませんし、多くのケースで小田原評定を繰り返すことになり、よく日本企業が海外で言われる「意思決定がとてつもなく遅い」という状態に陥ります。

物事の構造やメンタルモデルまで考慮に入れるシステム思考

PDCAは、定められた目標にたいして、自分自身の進む方向をどうやって修正していくかというプロセスです。年次計画を立ててその目標との差異を認識して、年度末までに目標を達成する。しかし現在のように、変化のスピードが早い時代、目標を定めるのは年度初めだけではなく、絶えず行っていく必要があります。

そういう刻々と変わる状況の中で、意思決定を行うためには、売上数字のような、表層のデータだけでなく、現実世界についてのメンタルモデルや構造を認識し、意思決定ルールを構築する必要があります。
そうでないと、ただ現実に流されるだけの意思決定となってしまいます。
アージリスは、メンタルモデル、構造までの認識を踏まえたフィードバックモデルをダブルループ学習と呼んでいます。
なぜダブルループフィードバックモデルでないと、ほんとうの意味での意思決定ができないか?

表層的でなく、事象の「構造」まで踏み込まないと、真の問題点、課題点がわからならいからです。
この「構造」を、システム思考では「アークテクチャー」と呼びますが、この構造を図示かするメソッドこそが、因果ループ図をはじめとする、システム思考のツールです。

そしてこの構造を「認識」するのは、人間の「メンタルモデル」です。
例えば、「絵に描いた円」を見て、ボールと思う人もいれば、グラスの底と思う人もいます。

同じ事象をみても、人によって異なるメンタルモデルから異なる構造(アーキテクチャー)を生み、それが独自の意思決定につながる。
こうした異なる意思決定は、時として、世の中に軋轢を生みますが、独自の視点から今までにない新たなイノベーションを生む源泉でもあります。

PDCAは、世の中の流れに従い、均一化をもたらし、ミスを無くし、要求される質の高さを実現する効果があります。ただしこれが効果を発揮するのは、アージリスの言葉を借りれば「還元主義にもとづき範囲が狭く短期的で静的な世界」においてです。「全体論に基づく広範囲で長期的な動的世界の中で、さらにこれにそって方針や制度を再設計する」ダブルループフィードバックのプロセスを行うためには、システム思考が不可欠と言われています。