科学的には「引き寄せの法則」はもちろん存在しません。
「引き寄せの法則」は科学の分野ではなく、キリスト教の異端の宗派であるニューソート派の教義。つまり宗教の話です。
今ある「引き寄せの法則」「思考は現実化する」「眠りながら成功する」「マスターキー」などのいわゆる“願望実現法”は、ニューソートの布教のために出版された本、あるいはその孫引き本です。
ニューソートの系譜をたどると、「メスメリズム」にたどり着きます。
フランツ・メスメルは、催眠術、催眠治療の祖としても有名です。
したがって、引き寄せの法則の正体は、催眠術であり、自己催眠です。
ニューソートの開祖、アーネスト・クインビーは19世紀半ばの人です。
もともと時計職人でしたが、来米したメスメル派の治療師に出会い、自分自身も治療家への道を歩みました。
まだフロイトやユングが心理治療を始める前ですから、クインビーの催眠治療(当時は宇宙を流れる波動(=動物磁気)が癒やすとされました)は評判になりました。
そして彼は「良いことをイメージすれば病気も治る」「願望実現」などを教義とした宗教の祖となったのです。
ニューソートは布教のため、出版を大いに活用しました。
中でも、ラルフ・ウォルドー・トラインが1897年に出版した「In True with the Infinite 邦題:幸福はあなたの心で」は2、3年のうちに50版以上重ね、全米で150万部以上が売られました。また20数か国で翻訳され世界でも400万部以上のベストセラーとなりました。
無論あるテーマの本が売れると、同じような本が次々と出版されるのは、昔も今も同じで、「ザ・マスターキー」「思考は現実化する」など類似本の出版も相次ぎました。
また「眠りながら成功する」シリーズで有名な、ジョゼフ・マーフィーもニューソート派のディバイン・サイエンス教会の牧師です。
今でこそ、病気の原因は病原菌やウィルスなどの外的要因だけではなく、ストレスなど精神的なことが重要な要因であることは、誰もが知っています。しかし前述したように、時代はフロイト・ユング以前の19世紀。ヒステリーは血の気が多いのが原因なので、ヒルに血を吸わせるなんて治療法が平気で行われていた時代です。
クインビーらの催眠治療が大きな評判を呼び、「信じれば病気は治る」と皆が確信したのも無理はありません。
「目標管理」も現在のビジネスにおいて当たり前の概念ですが、これもトラインの本が出版された時代には、一般には知られていなかったことも重要な要素です。
フレデリック・テイラーが世界で初めての経営学書「科学的経営」を出版したのが1911年。ドラッガーが経営における目標管理「Management By Objection」を唱えたのはようやく1950年代になってからです。
19世紀末はまだ「成功をイメージする」「目標を持つ」ということ自体、とても画期的であったはずで、当時の起業家の中でも、そのことを知っているだけでも、大きなアドバンテージだったことは容易に想像ができます。
20世紀の100年でわかったこと
しかし20世紀の100年間で、科学や経営、組織学は大きく進歩しました。(特に第二次世界大戦は大きな要因でした)
そして、フィードバック制御を活用し、目標に到達するためのメカニズムや、組織を思い通りに維持するメカニズムも、サイバネティクスや一般システム理論で、かなりのところまで明らかになり、それはシステムダイナミクスやシステム思考として、GEなど多くの企業で取り入れられたり、アポロ計画など大きなプロジェクトで応用されたりしています。
ちなみに、「引き寄せの法則」、「思った通りに未来は実現する」というのもシステム思考では「システム原型」で取り上げられています。
それは「成功には成功を」のシステム原型。
リーダーを努めているあなたの部署に、AさんとBさんという二人の新入社員が
入ってきました。
二人の仕事能力はほとんど一緒。ところがある日Bさんは風邪で会社を休みます。あなたはAさんとペアを組みましたが、そのときAさんの態度に親しみを覚えます。
あなたは、それ以降Aさんをなんとなく気にかけるようになり、仕事のアドバイスを積極的にするようになりました。Aさんはそのおかげもあって、仕事でちょっとした成果をあげます。
そうすると、あなたは「AさんのほうがBさんより能力が高いのではないだろうか」と思うようになり、Aさんに多く仕事を振るようになりました。
Aさんはそれをこなし、能力もそれに応じて、ついてくるようになりました。
1年後、あなたは部下の査定をします。
「自分が思った通り、BさんよりAさんのほうが能力は遥かに高い。」
最初のちょっとしたきっかけや思い込みから、結果も実際にその通りになる。これが「成功には成功を」のシステム原型。
心理学的にはピグマリオン効果とも言いますね。
AKBで売れる子からキーボード配列まで定める経路依存性
最初のちょっとした違いが、あたかも引き寄せられたようにある結果につながることを「経路依存性」といいます。
上のAさんBさんの例と、同じ理屈ですが、AKB48のような大きなグループで、容姿や歌が一番ではないアイドルに注目が集まり、売れるのもこの経路依存性で説明ができます。
また世界中の時計が左回りなのも、世界の線路幅が144cmという中途半端な長さなのも、今ご覧になっているパソコンのキーボード配列がどう考えても効率の悪いQWERTY配列という順番になっているのも経路依存性。
生物学的にはシマウマの白と黒の見事なコントラストを描いているのも経路依存性。
システム的に定義すると、「システムが展開する際、初期条件とランダムな衝撃によって最終的な均衡状態が決まる挙動パターン」
やや強引に引き寄せの法則風に翻訳すると、「何かやろうと思った時、『あることが実現する』と思うと、思いもよらないことが起こって、最終的に『その通りの結果』になってしまった」
そういう意味では「引き寄せの法則」は決して間違ってはいません。
しかしほとんどの「自己啓発」の人が間違えて教えていますが、「想いの強さ」は、「結果」にまったく関係ありません。
経路依存性で有名なものに「バタフライ効果」があります。ブラジルで羽ばたいた蝶の渦が、フロリダのハリケーンにつながる。というものですが、これは蝶の羽ばたき方や羽ばたきの強さに依存する話ではありません。
経路依存性をみせるシステムと見せないシステムの違いは、経路依存性を見せるシステムは、正のフィードバック・ループに支配されるシステムに起こるということです。
このことを強く意識していた起業家が、ご存知ビル・ゲイツです。
また、アマゾンのジェフ・べソスも起業前に、アマゾンのビジネスモデルをファミレスの紙ナプキンにフィードバック・ループで示して、実際その通りに世界一のEコマースサイトを作り上げました。
話は戻りますが、上に上げたトラインの「幸せはあなたの心に」は私も読みましたが、人生を導く素晴らしい内容だと思います。(その孫引きにすぎないナポレオン・ヒルやマーフィー、リンダ・バーンなどの本にほとんど新たな価値をみつけられませんが)
しかしせっかくシステム思考という、様々な生物学者や数学者、経営学者のここ数十年の素晴らしい研究結果を無視して、100年前の技術にこだわるのは、ちょっともったいないという気がします。
関連ページ
システム思考がアマゾンを世界一のECサイトにした
マイクロソフトの成功から学ぶシステム思考活用例
「引き寄せの法則」は、異端のキリスト教宗派の教え