STEAM教育

生成AI(Stable Diffusion)で描いたSTEAM教育のイメージ

 

STEAM教育とは

STEAM教育とは、Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)、Art/Arts(芸術)、Mathematics(数学)の教育分野を統合的に学習しようとする教育手法あるいは教育思想です。

もともとは米国で、高度なものづくりやハイテク分野などでの人材不足への懸念、日本や中国、インドと言ったアジア諸国の台頭による競争力(国力)低下への懸念から、STEM分野の強化が、オバマ政権の教育政策で重視されるようになりました。

2013年、オバマ大統領は「初等中等教育でのSTEM分野の教員を10万人育てる」「大学で同分野を学ぶ人を100万人増やす」という目標を掲げます。

もちろんこの動きは米国だけでなく、例えばシンガポールでは、2014年にすべての中学生がSTEMの授業を受けられるようにするための組織を立ちあげています。また中国でも2010年ごろから実験校を設置、欧州連合(EU)も授業でSTEMを充実させるようになりました。

一方、2007年頃、Georgette Yakmanが、このSTEMに加え、Art/Arts(リベラルアーツ)を加えたSTEAM教育を提唱します。

その後、日本でもよく知られるJohn Maedaが、Rhode Island School of Designの学長だった2008年から2015年頃にかけて、同校で「STEM to STEAM」の教育プログラムを主導したあたりから、日本でもSTEAM教育という言葉が広く知られるようになったと言われています。
 

STEMやSTEAMに関する誤解

日本でもここ数年STEMやSTEAM教育に関する取り組みがなされるようになってきています。

岸田首相は、2022年3月の教育未来創造会議(内閣官房主催)で「現下の諸外国に比べSTEMやSTEAMの分野で学ぶ学生の割合が著しく低い状態や、少子化などの状況も踏まえ、質・量の両面から、具体的な目標を設定し、女性活躍の視点も踏まえ、より踏み込んだ提言の取りまとめ行うよう」指示を行いました。

また同年8月には、アフリカ開発会議でのビデオメッセージで、ポスト・コロナの経済成長には、成長の担い手たる「人作り」が重要であり、若者や女性を含め、質の高い教育へのアクセス向上に取り組むべく、900万人にSTEM(科学・技術・工学・数学)教育を含む質の高い教育を提供し、400万人の女子の教育を改善する考えを強調しました。

このように我国でも国を挙げてSTEM/STEAM教育への取組みが行われていますが、危惧を覚えるところが無いわけではありません。

その一つは、STEM/STEAM教育に関して、その意図するところが正しく伝わっているのかという点です。

単に理系進学者を増やすことがSTEM教育の目的であるとか、アート教育をすることをSTEAM教育と言い換えているだけという論調も見られたりするからです。

教育の現場でも、科学、テクノロジー、数学あるいは美術というそれぞれの教科を、深く教えることをSTEM/STEAM教育と呼ぶのだという誤解がありはしないでしょうか?

上で述べたように、STEM/STEAM教育とは、Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)、Art/Arts(芸術)、Mathematics(数学)を「統合的」に学習するものです。

単純にそれぞれの科目を勉強しようとか、ましてや科学の専門家、技術の専門家、アートの専門家をそれぞれたくさん育てようというのでもありません。
  

   
    
もちろん上図のように、各々が一つの分野だけを深く探究する専門家がたくさんいても良いのですが、少なくともそれはそれぞれの分野の統合を目指した「STEM/STEAM」ではないわけです。
   

STEM/STEAM教育の「統合」とはなにか

STEMのほんとうの意味

STEAM教育を提唱したYakmanの2010年の論文「What is the point of STEAM? – A Brief Overview」によれば、STEM教育では、まずベースに数学があることを言及しています。少し考えればおわかりのように、科学もテクノロジーも工学もその理解のためには、「数学」を欠かすことはできません。

つまり複数の学問(教科)のベーシックなところで、横断する性質をもつのが「数学」です。

そしてエンジニアリング(工学)ですが、これはプロダクト(製品や商品など)をつくるためのものであり、科学、テクノロジーそして数学の応用分野・実践分野と捉えることができます。

つまり下の左図のように、科学、テクノロジーという縦軸に数学そしてエンジニアリングという横串を指したのがSTEMの本質です。そして数学やエンジニアリングも単体としての学問(科目)としての性質も持つため、右図のように表現することも可能ですね。
   

   
    
繰り返しになりますが、それぞれの学問(科目)を単体としてサイロ的に考えるのではなく、数学とエンジニアリングという横串を意識しながら、統合的にこれらを捉えるのがSTEM教育の本質です。
  

STEAM教育とは

「ものづくり」は従来日本が強いと言われてきて、今までの日本経済を支えてきましたが、アジアなど諸外国に押されている現在、STEM教育がなぜ重要なのか、ここまで読まれた方は、おそらくその理由を理解できるのではないかと思います。

一方で、単純に良いモノ(製品やサービス)を創るだけでは、不十分です。
それに携わる「人」のことを考える必要があるからですね。

ここで今話題の「生成AI」を例にとって考えてみたいと思います。

「ChatGPT」「Stable Diffusion」等に代表される生成AIの製品やサービスのことが、現在毎日のように新聞やTV、ネット記事などを賑やかしています。これらは科学・テクノロジー・数学そしてエンジニアリングを統合したものづくりの頂点/最先端であり、まさにSTEMの成果であると言えるでしょう。

しかし同時にこの「生成AI」に関しては多くの問題点が指摘されています。

詐欺を目的とした文章、メール文の作成やウイルスプログラムなどへの悪用が容易になったり、学習データに関する著作権などの知的所有権の問題、そして学校での教育や学習にどこまでこの技術を取り入れるべきか、あるいは規制すべきかという議論もまた毎日のように取り上げられています。

私たちはこのような問題に対し、単純に今ある法規制や教育などの制度に当てはめて問題解決をすることはできません。

その課題解決のためにはどうしても「人」あるいは「人が創る制度や仕組み」への理解が必要になります。

Yakmanは、アート(Art/Arts)の定義(範疇)に、「ファインアート、言語と教養、運動と身体 、教育、歴史、哲学、政治、心理学、社会学、神学」を挙げています。これらのいわゆる「リベラルアーツ」を「上位の横串」と考えることで、(今回の例では)生成AIというものに、私たちはどのように取り組むべきか統合的に考えることができるようになるでしょう。

下図が「STEAM教育」の概念になります。
   

  
    
尚、Yakman自身は、STEAMの体型を下図のようなピラミッド構造で表しています。
いずれにせよ、科学やテクノロジーなど個々の専門分野を深掘りするとともに、ベースとなる数学との関係性、そしてこれらを統合するエンジニアリング、さらにはより高次の次元で人間との関係性を考えるアートを「統合的に」考える教育体系が、STEAM教育であると定義することができるのではないでしょうか。
   
    

   
       

STEAMとシステムデザインとの関係

私が学んだ慶應義塾大学大学院システムデザイン・メネジメント(SDM)研究科では、システムデザイン、あるいはシステム×デザイン思考の体系を下図のように図示化しています。

私自身は、このシステムデザインの体系とSTEAMの体系は、大枠において共通のものであると捉えています。

SDMの体系では「アート」に代わる横串に「デザイン学、マネジメント学」を置いていますが、これらも「人間への理解=リベラルアーツ」を基盤とするものであることには変わりません。

SDMでは、エンジニアリング(システムズエンジニアリング)やデザイン・マネジメントという横軸の意識、そしてそれぞれの研究する専門分野の深掘りを同時に捉えることができる「ナブラ型人材」の育成を目指して、様々なカリキュラムや研究体制が組まれています。
    

  


日本能率協会主催「アート思考入門セミナー」