前回、「経営学からみたティール組織」について記しましたが、ここではティール組織を経営学の視点で見た場合、どのような経営理論が適応されるのかについて、前回と同じく入山晃栄先生の「世界標準の経営理論」を参考にしながら述べてみたいと思います。そうすることにより、ティール組織を様々な視点から分析する視点を持ち、実際の導入や実践の助けになると考えます。

今までティール組織は、発達理論などの心理学や「これからの社会はこうなっていく」といった社会学の立場から語られることが多かったように思います。
「ティール組織」を企業関係者の前で語るときに必ず聞かれることは、「それは実際の経営に(収益を含めた)インパクトがあるのか。」ということです。これは、いざティールを企業に導入・実践しようとする場合の、周囲から起こる反応でもあるでしょう。

それを「これからの会社のために必要なこと」と理論的に説明するためには、経営理論(それも世間に認められた)に基づく理論構築が必要になります。

ティール組織について考えたり議論したりする際の思考の軸になるような経営理論について考察したい、というのがこの記事を書こうと考えた理由です。

尚、「ティール組織とは何か」については上記記事をご覧いただければ幸いです。

知の探索と深化

「知の探索と知の深化」の理論は、現代の経営学研究でイノベーションを説明する際に、最重要視される理論です。人の認知には限界があるので、知の探索(exploration)をして認知の範囲に出て、知と知を新しく組み合わせる必要があります。一方そこで生まれた新しい知は、深堀(exploitation)されてそれが事業や収益につながる。この探索と深化が高いレベルでできることを、両利きの経営といいます。

ジェームス・マーチが1991年に書いた論文「Exploration and Exploitation in Organization Learning」でこの概念は広く知られるようになりました。しかしこの考え方は、昔から伝わる「鳥の目、虫の目」、システム思考でいわれる「木も見て森も見る」とほとんど同じものです。
いうまでもなく両方とも大切なのですが、これからの時代、VUCAと言われる不確実性の時代に特に求められるのが「知の探索」です。

「ティール組織」は中心のないネットワーク構造が基本になっていて、外部環境すなわち外部のネットワークともつながり、環境変化に適応して進化する自律分散型組織です。
これからの時代に生き残れる組織は、知の深化はAIに任せ、人がやる仕事は「より自らの自由意思で、企業の境界線を越えて動き回り、そこで新しい価値を生み出す」ことのできる組織です。「ティール組織」はまさにそういった企業組織です。

センスメイキング理論

VUCAの時代、特に経営者など現場から強い興味を持って迎えられたのが、「センスメイキング理論」です。センスメイキングは「まず事業環境に飛び込んで行動し、事業環境にはたらきかけている間に、事後的に自身のやりたかったことがわかってくる」という理論です。

そもそも現在主流のオレンジ組織、経営者(マネジメント)と現場というピラミッド構造が生まれたのは、計画を立てて、その計画通り現場が動いているか評価するマネージャーと、実際に業務を行う現場の労働者を分離したほうが効率的であったからです。VUCAと呼ばれるような、先を見据えた正しい計画を立てるのが困難な時代にあって、それでも残るマネジメントの存在価値は何なのでしょうか?

このセンスメイキングから影響を受け、後の戦略論に影響を与えたのが、ヘンリー・ミンツバーグの「戦略クラフティング」です。「優れた陶芸家は、最初は何を作りたいのか自分でもわからず、まずは泥をこね、ろくろを回し、次第に自分でもつくりたいものがわかってくる。新規事業の計画も同じで、まず始めはとにかく行動し、やがて次第に大まかな方向性が見えてきて、さらに形になっていく。」とミンツバーグは述べていますが、アジャイル開発に携わったことのある方なら、これはまさしくアジャイルの方法論であることがわかるでしょう。

ティール組織の一形態である「ホラクラシー」はアジャイル開発の手法をもとにブライアン・ロバートソンが定めたもので、この両者は密接な関係にあります。

アジャイル開発では、それと対比されるウォーターフォール開発のように、綿密な計画を立てて、それに沿って進捗管理をしていくといったことは行われません。開発をしながら絶えず振り返り(レトロスペクティブ)を行い、修正を重ねていきます。
ソフトウェア開発から始まったアジャイル開発は、今では国防総省の兵器開発など大規模なプロジェクトでもこのやり方で行われるようになりました。

このような開発を行う組織では、修正のたびにいちいち上にお伺いを立てる、といった従来のやり方ではうまくいきませんし、そもそも上(経営者)が判断できる性格のものではありません。上の介入はかえって現場の自己組織化を妨げることになりかねないのです。

ダイナミック・ケイパビリティ理論

ダイナミック・ケイパビリティ理論もまたVUCAの時代の中「事業環境に合わせた企業の変化」のための理論です。ダイナミック・ケイパビリティ理論に関しては、サイジングとセンシングの重要性を唱えるデビッド・ティースと、シンプル・ルールを主張するキャスリーン・アイゼンハートという立場が異なる中心人物がいます。

両方の考え方とも「ティール組織」に関係しますが、前者は「知の探索と深化」と通じる部分がありますので、ここではアイゼンハートのシンプル・ルールとティール組織の関係性について述べたいと思います。

シンプル・ルールの骨子は「変化が激しい環境下で企業がダイナミック・ケイパビリティを発揮するには、数を絞ったシンプルなルールだけを組織に(ルーティンのように)徹底させ、あとは状況に合わせて柔軟に意思決定すべき」というものです。

これは「ティール組織」を実行するのにそのまま適応できる理論となります。
アイゼンハートが著書の中で紹介したシンプル・ルールの一つに、渡り鳥の行動原理があります。渡り鳥の群れが見事なV字を描いて海を渡る、といった姿や映像をご覧になった方は多いと思います。一見先頭の鳥がリーダーで他の鳥はそれに秩序を持って従っているように見えますが、実はたまたまそういう順番になっただけで、鳥たちの間に序列もありませんし、リーダーも存在しません。実は渡り鳥は3つのシンプル・ルールに従っているだけです。

その3つのルールとは、
1. 仲間が多くいる方向に向かって飛ぶこと
2. 近くの鳥たちと飛ぶスピードや方向を合わせること、
3. 近づきすぎたら離れること

この3つだけをプログラムしてコンピュータ・シミュレーションすると、画面上の鳥たちは、見事な扇形を描いて、しかも障害物をよけるなど複雑な行動もしながら一糸乱れぬ行動をとります。

組織の成員の自律的な行動を促すためには、細かい規則やルーティンを定めると硬直化してうまくいきません。アイゼンハートの言うように「急激に変化する環境では。企業は意思決定のルールをあえてシンプルにすることで、ダイナミック・ケイパビリティを高められる」のです。このような環境では、様々なルールを定め現場に介入したがる上司の存在はかえって動きを抑える効果にしかなりません。

シンプル・ルールは組織によってもちろん異なります。自分の組織に有効なシンプル・ルールを見つける方法は、システム思考(因果ループ図)を活用する方法です。
例えばニューヨークの犯罪を激減させたシンプル・ルールは、「割れた窓を修繕し、街をきれいにすること」でした。
このシンプル・ルール(割れ窓理論)を90年代に導入したニューヨーク市は、わずか数年の間に重要犯罪を1/4に減らすという快挙を成し遂げました。(詳しくは「システム思考とは」を参照)

因果ループ図で現れる「レバレッジ・ポイント」を見つけることがシンプル・ルールを定めるためには有効なやり方です。