アートとビジネスの関係

アート(芸術)とビジネス(事業)は、右脳と左脳のように対極な言葉のように思われていますが、次の文章を読んでみてください。

アートとは、真っ白なキャンパスに新たな価値を創る作業である。つまり無から有を生む行為だ。アーティスト(芸術家)は、どんな芸術作品をつくるのか「ビジョン」を持ち、そのビジョンに対する想いが周りの人々を巻き込む。
時には繊細に、そして時には大胆に、失敗を恐れない気持ちが大切である。』

ビジネス(事業)とは、真っ白なキャンパスに新たな価値を創る作業である。つまり無から有を生む行為だ。アントレプレナー(事業家)は、どんな事業をつくるのか「ビジョン」を持ち、そのビジョンに対する想いが周りの人々を巻き込む。
時には繊細に、そして時には大胆に、失敗を恐れない気持ちが大切である。』

この2つの文章、どちらも違和感なく読めたのではないでしょうか?
お気づきのように、主語(アーティストとアントレプレナー)そして対象(アートとビジネス)を入れ替えただけです。
上記のプロセスに限って言えば、アートを創ることも、ビジネスを立ち上げるのも全く同じといってもよいでしょう。

イノベーションし続ける企業のみが生き残れる

去年くらいから、「アート思考」という言葉が注目を集め始めていますが、その理由はまさにそういうことです。日本経済が収縮(2017年の名目GDP(USドルベース)は、1995年に比べ1割以上減少)する中、企業が生き残るのは、海外など新しい市場や新たな製品開発などイノベーションが欠かせないと言われながら、どうすればいいのか模索が続いてきました。

人口が増えるなど、市場が大きくなっているうちは、一つの製品に数社同じ製品で参入しても十分パイを分け合う余裕がありました。
1980年代、ソニーが携帯音楽プレーヤーの「ウォークマン」を発売した時、アイワ、三洋電機など多くの電機メーカーが類似商品を販売しました。
また90年代に始まる携帯電話ブームでも、ほとんどの電機メーカーが様々な製品を作り、「モバイルは日本のお家芸で世界に通用する」とも言われましたが、今ではほとんどが撤退し、ソニー(エリクソン)一社だけがどうにか踏みとどまっているのが現状です。

この傾向は日本だけでなく、「Winner Take All」(勝者がすべてを独占する)という言葉が示しているように、世界でもいえることです。検索エンジン分野、パソコンOS、電子書籍、SNSサービス。かつてはいろいろな企業が参入し競争にしのぎを削っていましたが、今では事実上1社独占の状態になっているのはご存知の通りです。

つまり他社にはない圧倒的な何かを持つ企業しか生き残ることはできないですし、それもすぐに(数年スパンで)他社、あるいはほかの仕組みにとってかわられてしまう。
例えばデジタルコンパクトカメラ市場で他社を抑えてトップになっても、スマートフォンに駆逐されてしまう。街の本屋さんがAmazonに顧客を奪われる。今はそういう世の中です。

今、生き残ることができる企業は、イノベーションを続けている企業、それしかありません。
そしてそういう中で注目されているのが、デザイン思考やアート思考です。
特に今まではデザイン思考に注目が集まっていました。それが現在アート思考に注目が集まり始めた理由は何なのでしょうか?

デザイン思考とアート思考の対象は?

デザイン思考は、2010年にシリコンバレーに拠点を置くデザイン会社IDEOの共同代表であるティム・ブラウンが著した「デザイン思考が世界を変える」の刊行を機に一気に広がりました。
彼らは「人間中心デザイン(Human Centered Design)」と呼んでいますが、要は顧客やクライアントの要望や欲求を満たす製品やサービスを生むための思考法。つまりデザイン会社やコンサルティング会社、システム会社、そして広告会社に合った思考法です。

実際「デザイン思考」に注目し、その普及を担った人たちは、ほとんどこのいずれかに含まれる人たちです。

そもそも「デザイン」というのが、クライアントの依頼を受けてその意向に沿って創作するものです。デザイナー自身の想いはそこにはありません。

1964年の東京オリンピックやNTTやNECなどのロゴデザインを手掛けたり、世界初のヒストグラム(トイレなどに使われた男女のマーク)を開発したデザイナーの亀倉雄策は、「デザイナーはあくまでクライアントの課題を解決するのが仕事であるので、制作物に作家性を1%でも入れたのであれば、デザイナー失格である」と述べています。

従って、本来、コンサルタント等にはぴったりのデザイン思考も、事業会社や起業家、NPO自治体など、主体性も持って事業に取り組む人たちのための「イノベーション」の方法論としては必ずしも合致しないことがわかってきました。

つまり、主体的に事業を行う人たち、事業家やアントレプレナーにとっては、アーティストの思考法つまり「アート思考」が必要と言われるようになってきたのです。

亀倉も上記の文章と併せて、「アーティストは自分の身体の中にあるすべての思いや感情を吐き出し表現するのが仕事であり、それゆえに作家なのである」と述べています。

この「アーティスト」のところに、代表的な企業家の名前、「稲盛和夫」や「孫正義」、「スティーブ・ジョブズ」を当てはめてもぴったり来ますよね?

日本能率協会主催「生成AI時代のアート思考入門セミナー」