フランスのビジネススクールESCP(École Supérieure de Commerce de Paris)で、「アート思考ワークショップ」を起業家育成プログラムに取り入れているSylvain Bureau准教授は「Is Art Future of Business?」という動画を公開しています。

この動画の中で言われているように、Facebookは最初から良いサービスを生もうとして始まったわけではありません。
最初は、ハーバード大学の学生名簿(Facebook)の女子学生の顔写真を並べて好みの子を投票するといういたずら(Joke)から始まりました。(映画「ソーシャルネットワーク」では、女性に振られたことが原因で、酔っ払って一晩で作り上げたとされていることはご存知の方も多いと思います。)
そんなたいして面白くない(?)ゲームサイトに過ぎなかったFacebookが今では20億人のユーザーを抱える巨大ビジネスとなりました。

マイクロソフトやアップルも始まりは大学在学中のGeek(オタク)たちの「やりたいことの表現」に過ぎなかった。それがソフトウェアでありパソコンという「作品」だったわけです。
しかしそんな小さないたずらやゲーム作品が、社会に広まるにつれて、まさに「世界を変える」ものと変わっていきました。
ザッカーバーグや、スティーブ・ジョブズ、ビル・ゲイツはまさに「アーティスト」であるといっても過言ではないと思います。

アート思考フレームワーク

そんな「アーティスト」の思考をプロセス化したのが「アート思考」と言われるもの。デザイナーの思考プロセスである「デザイン思考」のように広まっていませんし、デザイン思考と区別なく使用されているケースも見られますが、複雑系社会での「アート思考」の必要性の記事でも書いたように、他者視点であるデザイン思考の欠点を補い、自分視点の「問い」や「意味」を自己言及する「アート」の視点から社会を考えていこうとするものです。

この記事でも触れたように、このフレームワークは「自己組織化フレームワーク」と同じものです。小さな氷の粒が綺麗な雪の結晶を創るように、あなたの「小さな作品」「やりたい表現」が創発し結晶化するプロセスはまさに「アート」そのものです。

自己組織化のプロセスと「アート思考」

ここで、自己組織化のプロセスについて軽く述べておきたいと思います。
1977年にノーベル賞を受賞したイリヤ・プリゴジンは「散逸構造理論」を発表し物体が自己組織化して創発するプロセスを明らかにしました。
それは「外部との開放性」「非均衡な状態」そして「ポジティブ・フィードバック」です。この3つの条件がそろうと、物体や組織は自己組織化します。

上でも述べた雪の結晶では、小さな氷の粒が気温で解けたところに他の氷の粒がくっついて、氷の粒は成長します。(外部との開放性)
氷の粒は冷たい上空から比較的暖かい地上に近づくにつれて、まわりから融けるわけですが、一様に溶けるわけではありません。氷の表面はでこぼこしています。そうすると中心から一番遠いところ、すなわち角から融けていきます。(非均衡な状態)
つまり角に他の氷がくっつきやすいので、その角が成長していきます。そうするとその角はますます中心から離れ、外気にあたって溶けやすくなり、そうして他の氷の粒がくっついてまた角が成長する。そんなポジティブ・フィードバックを繰り返し、あの幾何学模様が生まれます。これが自己組織化のプロセスです。

冷たくてカチンカチンの状態では、氷の粒は成長できませんし、逆に全く溶けてしまっては、もちろん雨になってしまって雪の結晶どころではありません。
そんなまさに「カオスの縁」の状態から「ゆらぎ」が起きて創発が生まれる。

人間社会でも「革命は辺境から起こる」という言葉があります。氷が少し融けた状態の角はまさに「辺境」です。明治維新は、薩摩や長州という日本のまさに「角」である辺境でその萌芽がうまれ、最後は北の辺境の会津や函館が最大の激震地となりました。
シリコンバレーも米国の中心である東海岸から遠く離れた「辺境」です。

そんな中で、優秀だがメインストリームとは言い難い学生たちが、大学の規則違反(ゆらぎ)を起こし、それがポジティブ・フィードバックを重ねて成長し世界を変えるまでになったのが、Facebookをはじめとする、いわゆるGAFAです。
「アート思考はまさに世界を変える」と言ってもよいのかもしれません。

アート思考ワークショップの手法

話をESCPのSylvain Bureau准教授に戻しますと、彼は「アート思考のワークショップ」を開発しています。10年で1500人が参加し、キャノン・フランスなど大手企業にも導入され、社員のクリエイティビティ強化に効果あると認められているそうです。(その後この手法はスタンフォード大学のデザインシンキングの講座でも行われています。日本でも博報堂主催で行われたようです。)

その「アート思考ワークショップ」を図にしたのが下図です。

(C)HUFFPOSTJAPAN

「貢献」・「逸脱」・「破壊」・「漂流」・「対話」・「出展」というのがその流れになります。
IDEOのデザイン思考フレームワークである「共感」「定義」「創造」「プロトタイプ」「テスト」とは違っていると思った方も多いと思いますし、「これのどこがアート思考なんだろう?」と感じた方もいらっしゃるかもしれません。

しかし、上記の「自己組織化プロセス」を当てはめてみると、見事に適合していることがわかるかと思います。

(1)の「貢献」、『自分のメリットを考えずにチームに関わり共有する』は、自己組織化の「外部との開放性」にあたります。そして(2)の「逸脱」『コンテクストAからアイデア等を読み取りコンテクストBに当てはめる』、(3)「破壊」『現状や自分の作品のチャレンジ』は「ゆらぎ」「非均衡な状態」の生成です。

そして氷の粒に他の氷の粒がくっつくような(4)の「漂流」『作品の方向がわからずとも、プロジェクトを進め新たなパートナーを見つける。』の成長のプロセスがあり、(5)の「対話」『自分の作品について学び、理解し、変えるために話し合う』、(6)「出展」『レセプションにて、観客に向けて展示する』で「ポジティブ・フィードバック」、そしてさらなる「外部への開放」となりまた(1)へのサイクルとなる。

アート思考を身に着けるためには、デザイン思考、システム思考以上に「机上」ではだめで、実際に取り組むことが必要となりますが、このように自己組織化、創発のプロセス通りに設計すれば、アート思考のワークショップを実際に行ってみることは誰でも可能だと思います。企業内の研修としても有効でしょう。

起業や新たなチャレンジを日本でもっと増やし、「日本から世界を変える」ためにも、「アート思考ワークショップ」がこれから数多く開催されることを望んでいます。(必要であれば設計お手伝いできます。)

日本能率協会主催「生成AI時代のアート思考入門セミナー」


 
 
関連記事
複雑系社会での「アート思考」の必要性
スペキュラティブ・デザインとアート思考、デザイン思考
日本ソーシャル・イノベーション学会で「アート思考」の発表をしました。
ビジネス開発のためのアート思考ワークショップ手法