『数字の魔力』からどうやって距離をとるか?

2月27日「第1回ときがわ自然塾」が埼玉県ときがわ町のトカイナカハウスで開催されました。

講師として、コミュニティデザイナーの山崎亮さんが登壇して、起業の話、関係性の美学に基づいたアートの話、アートやアーティストと地域の話、コロナ禍の中で多様性のあるコミュニティをどう創るかなど様々な話題で活発な議論が飛び交いましたが、その中のキーワードが、「『数字の魔力』からどうやって距離をとるか?」というものでした。

このことについて詳しく述べる前に、このときがわ町やときがわ自然塾の取り組みなどについて触れておきたいと思います。


  
ときがわ町は埼玉県の西部、秩父連山の麓にある町です。東京都内からは電車で1時間半くらいで行ける「トカイナカ」。
この地に移住してきて、「ときがわカンパニー」を立ち上げたのが今回の「ときがわ自然塾」主催者でもある関根雅泰代表です。
ときがわカンパニーは「ときがわ町に人が集まり、仕事が生まれる」をミッションとして、起業支援を通じた街づくりを手掛けています。

ときがわカンパニー

私自身も大学院(慶應SDM)のプロジェクトで参加した、島根の海士町や北海道の奥尻島の取り組みにも通じるところがありますし、他にも秋田の五城目や兵庫の明石市などユニークな取り組みを行う自治体や住民の活動は確実に増えているように感じます。

さて、その今回の講演で山崎さんが仰ったフレーズ、「『数字の魔力』からどうやって距離をとるか?」についてですが、この言葉の意味するところは、売上や利益など経営の「数字」を追う「都会型企業の経営」に対し、「豊かな自然」「地域や人とのつながり」「働く人の幸福」など「数字で表すことのできないもの」が豊富な「トカイナカ型企業の経営」の対比の文脈で語られました。

お金を稼ぎたければ、断然東京など利便性の高い都会を拠点とした企業が強い。一方でときがわ町などその地方に合わせた起業では、その場所にあった内容や大きさ(規模)を考える必要があります。そこに「クリエイティブ」が生まれる、というのが山崎さんの意見でした。

このあたりは、「ポスト資本主義論」「アフター資本主義議論」として色々述べたいところですが、それは別の機会に譲るとして、今回は「資本主義の枠内」で自分が考えていることを述べたいと思います。 

それは、数字(売上)を追わない経営が結果的には儲かっているということ。

よくこの手の議論で、「(売上など)結果を出している人ほど、自分は儲けを考えない、追求しないとか言うんだよなぁ」という意見があります。たしかに綺麗事に見えることも否定しませんが、実際は逆で、「儲けを追わないことによって儲けを出している」し、「社員に厳しいノルマを設定するなど、目先の売上を追っているところは結局儲けを出していない」ということが皆さんの周りを見てもいえるのではないでしょうか?

システム思考で考える、数字を追うほど儲からなくなる仕組み

儲けを追求する人や企業が結果的に儲からないのは、システム思考でおなじみの、「意図したどおりには(社会という)システムは動かない」という「法則」があるからです。

そのことを下図のような因果ループで描いてみると理解しやすいかと思います。


 

このループ図は、システム原型の「うまくいかない解決策」です。
売上が下がるなど経営が悪化すると、経営者は厳しい売上ノルマを設定するなどの策をとります。そうすると営業担当は売上を上げるべく奔走するので、売上が上がって経営悪化は止められます。(売上ノルマループ)
しかし、これが続けられるかと言うとそういうわけにはいきません。ノルマ達成のための「無理」がのちのち効いてくるからです。

売上重視だと、顧客の都合より自社都合の営業(押し込み販売など)は、顧客の不満を高めます。これは自社のファンを減らすことであり、長期的には経営は悪化します。

また、これだけではなく、ノルマの設定で社員が疲弊し、それによって顧客の扱いがよりぞんざいになったり、顧客の不満がより社員の熱意を失わせて、顧客のことを考える優秀な社員ほど、会社を見限って退職するなど、会社の状況をより悪化させる結果に繋がります。


 

売上目標の設定による売上増加(経営悪化の食い止め)は、そのノルマ設定期間のみ有効なバランスループですが、下半分は、自己強化ループなので、経営悪化のサイクルはずっと回り続けます。

数字を追求しないことで儲かり続けている理由

一方で、数字を追わないことで儲かり続けている企業として、未来工業の例があります。

未来工業

未来工業と言うと、「残業禁止」や「ほう・れん・そう禁止」などで一時話題になりましたが、その他にも同社は、営業担当に売上目標やノルマを一切架していないことでも知られています。

逆にそのことが、同社の収益を挙げる仕組みにつながることは、同じように因果ループ図を描いてみるとわかります。

未来工業は住宅など建設の様々な建材部品を製造販売しています。
最終的な顧客は住宅メーカーや工務店などですが、直接販売ではなく、建材問屋など代理店を通した販売形態です。

ノルマを設定すると、営業社員は直接の販売相手である代理店を訪問し、「今月これだけ仕入れてください」などの交渉をするわけですが、未来工業はノルマがないので、代理店を訪問しません。代わりに、建設現場などを訪問して、自社製品がどのように使われているか、どんな要望があるか調べるのです。
それを社に帰って製造部門に伝え、製造部門は製品改良を重ねます。

こうした繰り返しが、現場からの支持を集め、同社はシェア80%以上と言われるスイッチボックスなど高いシェアの製品を創り、創業以来半世紀の間、黒字経営を続けています。

なぜ同社でそのような経営が可能なのかというと、この会社の理念「常に考える」が社員ひとりひとりに浸透しているからです。
そのことによって、「ローテク製品」「ほうれんそうの禁止」「残業禁止」「売上目標やノルマの廃止」という一見「売上を伸ばす」「利益を上げる」ということには反する条件の中で、「どのような仕組みを創ったらよいのか」というクリエイティブな発想が生まれます。

そのためにシステム思考のような「思考のフレームワーク」が大事になってくるわけです。